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電車を降りた志絵は地上に出ると、クリスマスの装飾で彩られた銀座の街並みを、ぐるりと見渡した。
(そっか。今日って……クリスマスイブだったんだよね……)
彼女は、銀座駅に通じる出入口の前にある十階建てのビルに入っていく。
銀座の一等地にある海野楽器が、志絵の職場だ。
一階は楽譜などを扱う店舗、二階から四階は、ピアノや電子オルガンなどの鍵盤楽器と管楽器が展示してあるサロン、音楽教室、小規模のホール。
五階から八階は各部署のフロア、九階に社員食堂、十階は役員の執務室が並ぶフロアとなっている。
徒歩十分圏内には、同業他社『ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツ』の旗艦店があり、演奏者や指導者、または音大生やレッスン受講生などが銀座でスコアを買い求める際、ハヤマか海野で購入する事が多い。
志絵も響美学園音楽大学でサックスを専攻していた頃、レッスンで使用するスコアを買いに、ハヤマと海野に足しげく通い、大学卒業後は海野楽器に入社した。
「おはようございます」
志絵は、五階の広報部内にある自身のデスクに腰を下ろすと、同期の風間 隼人が書類を持って彼女の元にやってきた。
「坂口、おはよう。これ、来年二月に開催のイベントに関する資料なんだけど……」
センターパートにしたサラサラの黒髪に、キリッとした眉目秀麗の隼人は、同期の中でも人気者の男性だ。
「おはよう風間くん。以前、風間くんが言ってた企画書だよね。ありがとう」
志絵は、隼人から書類を受け取ると、さっそく目を通し始めた。
『海野楽器&ストリートピアニスト、たらもちゃん&東京ヨグルトスパローズのスペシャルコラボイベント! “ピアノでスパローズを応援しよう!!”』
企画書に目を触れた瞬間、彼女は瞳を僅かに丸くさせた。
ストリートピアニスト、たらもちゃんの正体は、志絵の大学時代の学友、ピアノ専攻だった笹岡 美紅。
ダークブラウンの大きな瞳と美麗な顔立ちは、長い黒髪をポニーテールにしているせいか年齢よりも若々しい。
実技試験の時、美紅に伴奏を依頼し、お互いに野球好きというのもあって意気投合した。
「……え? たらもちゃんって……動画サイトで有名な、あのたらもちゃん? しかもスパローズとコラボって……」
「ああ、そうだよ。たらもちゃんって野球好きだろ? それに、音楽とプロ野球のコラボって、ここ数年増えてるよな」
「まぁ……確かに……」
音楽とプロ野球のコラボレーションで有名なのは、千葉ノッテシーガルズと吹奏楽コンクール全国大会常連の公立高校、習橋高校の応援。
パ・リーグでは、昨年から球団と吹奏楽部強豪校の応援コラボレーションが増えている。
志絵は改めて企画書を目で追うと、ヨグルトスパローズからゲストが一人来ると記載されてあり、どの選手が来るのかは未定となっていた。
「そこで、なんだけどさ。このイベントの司会進行役を、坂口にお願いしたいんだけど、いいよな? お前も野球好きじゃん」
「ええぇっ!? 私が司会!?」
部署内によく通る声で志絵が発すると、周囲にいた社員から一斉に眼差しを浴びせられ、彼女は手で口を覆いながら身体を縮こませる。
隼人から『お前、司会やるよな?』と言いたげな眼差しを向けられ、志絵は仕方なく、おぼつかない様子でコクリと頷いた。
「…………分かったよ。司会……私がやるよ……」
「よっしゃ! じゃあ後はよろしく頼んだぜっ!」
隼人が志絵にサムズアップの仕草を見せ、そそくさと自身のデスクへ戻ると、彼女は、深くため息をついた後、引き続き、企画書に視線を落とした。
コメント
1件
みぅです🥀 読了しました。 銀座の街並みから職場の空気まで、丁寧に描かれてて一気に引き込まれました。クリスマスイブなのに仕事の話に追われる志絵さんの、ちょっとした戸惑いとか「仕方なく頷く」感じがすごくリアルで、思わず「わかる…」ってなっちゃいました。音楽×プロ野球のコラボ、これからどう展開していくのかすごく気になります🌙