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ホールの照明が一斉に落ちる。
舞台袖の暗がりで、昴は息を整えながら鍵盤の譜面を見つめた。
――ついに、この日が来た。
コンクール本番。観客席には数百の目が光り、空気は緊張で震えている。
昴の曲を翔が弾く。指先が鍵盤に触れるたび、昴の心臓が跳ねる。
音が、空気を割って流れ、ホール全体に広がっていく。
曲が進むにつれ、昴は胸の奥で不思議な感覚を覚えた。
――俺の音が、翔の指で、命を得ている。
響きは昴自身のものではないのに、体中を揺さぶる。息が詰まるような感動と、ほんのわずかな恐怖。
最後の和音が静かに消え、場内に沈黙が落ちる。
そして、一瞬の後、観客席が歓声と拍手で満たされた。
昴は立ちすくむ。拍手の余韻が耳に残り、胸に甘い高揚が広がる。
舞台袖で翔が振り返った。
「……お前の音がないと、弾く意味がない」
その言葉は昴の心を直撃した。
耳に残る拍手のリズムとともに、昴の胸にざわめきが生まれる。
――嬉しい。
――怖い。
翔にとって、俺はただの道具じゃない。だが、だからこそ、逃げられない。
翔は無表情のまま近づき、譜面を軽く撫でる。
昴はその指先に触れられた瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。
指先の温度ではなく、心が揺れる感覚。
――依存にも似た、甘く危うい震え。
「お前の曲、もっと聴かせろ」
翔の声は低く、静かだが強い。昴は言葉を返せず、ただ頷いた。
胸に生まれた高揚と危うさが、じわじわと全身を巡る。
――この人に必要とされる限り、俺はここにいるしかない。
その夜、昴は自室で譜面を開いた。
ホールの余韻を思い出しながら、指先で鍵盤をなぞる。
音はもう、昴だけのものではなくなっている。
翔と共に鳴らす音。胸に響く音。
窓の外は夜の帳が降り、街灯の光が淡く差し込む。
昴は深く息を吸い込み、心の中のざわめきに耳を傾けた。
――これが、共鳴か。
嬉しさと怖さが同時に存在する、甘く危うい感覚。
指先が震える。胸が締め付けられる。
でも、やめられない。
昴は小さく笑った。
――俺たちは、これからもずっと、音の中で繋がるのだろう。
拍手の余韻が、まだ心の奥で鳴り続けている。
甘く、危うく、心地よい重さと共に。