舌がざらついて、唾を飲み込むたびに喉が引き裂かれるようだった。
教室の空気はいつもより重く、窓の外の風景が遠い。
俺はまだ立たされたまま、机に背を預けている。
足元には無造作に放られたリュックや傘、椅子が散らばっている。
「さあ、次の出し物だ」
岸田の声が低く響く。
周囲のやつらがクスクス笑い、先輩が机を押して俺の均衡を崩す。
片足がよろめいた瞬間、誰かが足首を掴んで後ろへ引いた。
倒れそうになって咄嗟に手をつくと、別の後輩が素早く椅子を立てて俺の胸元に押し当て、動けないように固定した。
「動くな、逃げるな」
先輩の命令が飛ぶ。
複数の手が一斉に伸び、俺の両腕を掴んで後ろに回し、誰かがリュックで俺の背中を押し付けた。
重みで胸が圧迫され、息が浅くなる。
足をずらそうとするけど、靴底に誰かが乗り、体重で押さえつけられている。
逃げるどころか、ほんの数センチ動かすたびに仲間の笑いが大きくなった。
「お、リュック詰め直しゲームでもするか」
後輩のひとりが言い、俺の肩に置かれたバッグをぐいと開ける。
中身がばらばらに床に散り、教科書や弁当箱、ゴミが混ざる。
誰かが弁当箱をつついて「よし、こいつに舐めさせろ」とふざけた声を上げる。
俺は頭を振って抵抗しようとしたが、腕は捻られ、顔を上げられない。
「やめろ……」
一言だけ出た。
出さないつもりだったのに、喉が勝手に震える。
だがその一言で、彼らの楽しみが増しただけだ。
女子の一人が膝で俺の腰を押し、床に顔が近づく。
床の冷たさ、ホコリと消しゴムのカスの臭いが鼻をつく。
次々と物が俺の周りに積まれていく。
傘を横に渡して身動きを封じる。
椅子を逆さにして俺の背中に重ね、肩が動くたびにきしむ。
誰かが長い物差しで俺の靴底を軽く叩いて笑い、別の奴は俺の手首を雑に掴んで押し付け、細かい動きを封じる。
全員が役割分担して、俺を「固定」することに夢中になっている。
「ほら、見ろよ。起き上がる気があるのか?」
岸田が眉を寄せる。
彼が一歩前に出るたびに空気が冷たくなる。
俺は息を整えようとするが、胸の圧迫と羞恥心で息苦しい。
視線が全部、俺の顔に集中している。
誰かがスマホを構え、録画のランプが赤く光った。
赤い点滅だけが、部屋の中心で俺を捕らえている。
「指示どおりに動けよ。遅れるな」
別のやつが命令口調で言う。
彼らはただの破壊衝動でやっているわけじゃない。
段取りがある。
俺を動かない役に押し込み、そのうえで無意味な作業を強いる。
たとえば、手首を押さえつけたまま床の消しゴムのカスを一粒ずつ拾わせ、それを口元へ運ばせる。
俺の指先が震え、唇が触れるたびに自分が壊れていくのを感じる。
「もっとスピード出せ」
先輩の声。
笑いが途切れない。
俺の世界は、彼らの嗜好に合わせて構築された小さな舞台になっていた。
失敗すると、誰かが鼻で笑い、誰かが肩を両手でぐっと押して体勢を崩させる。
崩れるたびにまた固定され、また作業をさせられる。
休む間もない。
ふと、教室の外の廊下に足音が近づき、先生が通りかかる気配がした。
誰かが素早く手を振り、顔に笑みを作る。
時計の針音が大きく、現実の時間だけが冷たく進む。
だが先生は通り過ぎ、誰も注意しなかった。
その無関心さが一番痛い。
学校という場の中で、俺は誰の守る対象でもないと改めて思い知らされる。
「もう終わりだ。今日はこれで充分遊んだろ?」
岸田が言った瞬間、針金のように冷えた言葉が胸に突き刺さった。
彼らは散り始める。
だが最後まで、スマホの録画は停止されない。
置き去りにされた俺は、じっと床の目を見つめながら、息が戻るのを待った。
体は痛い、顔は熱を帯び、心は粉々に砕かれた。
だが、どこかで小さな声がまだ残っている。
――これで終わりにするわけにはいかない、という自分の声だ。
誰もいなくなった教室で、俺はゆっくりと自分の手首を触った。
赤く擦れた跡が残り、指先からじんわりと血の気が戻る。
周囲の静けさが重く、だが同時に優しい。
逃げられない時間からやっと解放された瞬間、俺はぎゅっと目を閉じて、自分を取り戻すための息を吸った。






