テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の相談室は、昼間より少しだけ空気が柔らかい。
ドアが控えめに開き、薄い灰色のパーカーを着た少年が顔を出した。
「こんばんは。ちょっとだけ、いいですか」
日下部は窓を開け、夕方の風を入れながら笑った。
「もちろん。座って」
椅子に腰を下ろした少年――仮名で「シオン」は、リュックを膝に抱えたまま口を開く。
「家に帰る途中の空気が、今日だけ違う匂いだったんです。何かが終わったみたいで、ちょっと怖くて」
「終わった?」
「はい。何がって言われてもわからない。でも、風が冷たくて、ああ、もう子どもじゃなくなるんだなって」
日下部は窓辺のカーテンを指でつまみながらうなずく。
「季節の匂いは、思ったより正直だからね。心の変化を先に知らせてくれることもある」
シオンは小さく笑い、目を伏せた。
「まだ何もできてないのに、大人になるって……中身が空っぽのまま置いていかれる気がして」
「空っぽって、次を入れられる状態だよ。大人になるって“完成する”ことじゃなくて、空っぽを抱えたまま選び続けることかもしれない」
風がふっと部屋を渡り、カーテンが波打つ。
シオンはその揺れを見つめながら、肩の力を抜いた。
「選び続ける……なら、怖くてもいいのか」
「うん。怖さごと連れていけばいい」
相談室の外では、街灯がひとつ、またひとつと灯りはじめる。
その淡い光に、二人の影がゆっくりと伸びていった。