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放課後の教室。人気はない。雨の音だけが窓の向こうで、教室の静けさを濡らしていた。
日下部は机に突っ伏す遥の背中を見ていた。動かない。いつもよりも、遥は沈黙を深く纏っていた。重く、冷たく。触れたら自分まで落ちていきそうな気がする。
「……何かあった?」
声をかけると、遥はゆっくり顔を上げた。笑っていた。笑っているように見えた。だけど、それはひび割れた仮面のようで、目の奥は真冬の水のように冷たい。
「なあ、日下部」
遥が言った。
「おまえも、結局……俺のこと、利用してただけなんじゃないの?」
喉の奥がざらついた。
「どういう意味だよ」
「同情したかっただけじゃないの? かわいそうなやつに優しくして、自分のこと、いい人だって思ってさ」
遥の声には棘があった。でも、それ以上に、何かに縋るような脆さがあった。
「俺、知ってんだよ。こういうの、全部……一時的なもんだって」
それを聞いた瞬間、日下部は胸の奥を掴まれたように痛んだ。
違う。そんなつもりじゃない。遥のことを、そんなふうに見たことは一度もない。
でも──
遥はそれすらも予測していたみたいに、笑った。
「ほら、そういう顔すんだろ」
笑みはゆっくりと、嘲るようなものに変わる。
「……おまえも、いつか俺のこと、捨てるよ」
日下部は返す言葉を探せなかった。遥の目がまっすぐに自分を見ているのに、心がどんどん遠ざかっていく。自分の手が伸ばした先にあるのに、遥はそれを払いのけるように笑う。
──崩れていく。わざと、自分から。
なぜそんなふうに、自分を傷つけながら、人を試そうとするんだ。
なぜ、そんなふうにしか、生きてこれなかったんだ。
それでも、日下部は立ち上がり、遥のそばへ歩いた。机の横にしゃがみこみ、視線を合わせた。
「俺は──捨てないよ」
遥の表情が、一瞬、止まる。
けれど次の瞬間、ふっと視線を逸らし、鼻で笑う。
「そっか。じゃあ、試してやるよ」
その笑顔は、破裂寸前の風船のように張りつめていた。
日下部は何も言わなかった。ただ、遥のその痛みを、全身で受け止める覚悟をするしかなかった。