テラーノベル
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日下部が自分を嫌っているわけじゃない。それは遥にも、わかっていた。ただ、どうしても欲しかったのだ。
誰にも見捨てられていないという証拠が。
どうしようもないほど、情けないほど――わかりやすい「証拠」が。
「……ねえ、触れてよ」
囁くように、でも必死に縋るように、遥はそう言った。
真夜中、部屋の隅。二人きり。灯りは落とされ、カーテンの隙間から漏れる街灯の光だけが、横顔を照らしていた。
日下部は、遥の肩に手を置いて、静かに目を伏せた。
「……ごめん、今日はやめとく」
その言葉が、遥には“拒絶”に聞こえた。
否、遥の中にあらかじめ用意されていた「見捨てられる恐怖」が、そう変換したのだった。
「やめとくって、なに……? 触るのも、いやになったの?」
思わず、口調が尖る。痛みと怒りが混ざったような声だった。
「違う。遥を――道具みたいにしたくない。ちゃんと、言葉で……向き合いたいだけだ」
「うそ」
遥は唇を噛んだ。涙が出るほどに。
「結局……俺なんか、抱きたいほどじゃないってことでしょ。汚れてるし、ぐちゃぐちゃで、ひねくれてて……」
「そうじゃない」
「じゃあ抱けよ」
言いながら、遥は日下部の胸に縋るように押し付けた。
手が、震えていた。怖かったのだ。断られることが。
どれだけ自分を差し出せば、相手は自分を手放さないのか――その境界を知るために。
日下部は、遥の肩をそっと押し戻す。
優しい。でも、その優しさが、遥には耐えられなかった。
「もう、いい」
遥の声は低く、どこか冷えていた。
「もう、わかった」
立ち上がって、部屋を出る。
日下部が名前を呼ぶ声は、追いかけてこなかった。
遥は自分の中で何かが音を立てて崩れるのを感じた。
それでも、後戻りはできなかった。
今夜、自分を“欲しい”と言ってくれる相手のところへ――あの、残酷な余裕をまとった蓮司のもとへ、足を向ける。
それが「裏切り」だと知っていても。
たとえ、日下部にとって致命的な傷になるとしても。
遥の心は、既に、止められなかった。
なぜならそれは、愛を求めたのではなく、確かに「愛されなかった」という痛みを確かめるための行為だったから。
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