テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の教室。カーテンの隙間から斜めに差し込む陽光が、埃を赤く照らしていた。遥と日下部は前に並べられ、黒板を背にして立たされていた。机が寄せられ、ぐるりと取り囲むクラスメイトたちの視線。逃げ場はない。
「じゃあ――始めようか」
リーダー格の男子が笑い、手を叩いた。
「同じこと、二人でやってもらおうぜ。そっちの方が“絵になる”だろ?」
「どっちが先に折れるか賭けしようぜ」
軽い調子で飛び交う声に、遥の胃はきしむ。
「やめろ……俺だけでいい」
必死に吐き出した声は乾いた笑いにかき消される。
「まだ言ってるよ。自己犠牲のヒーロー気取り? でもよ、それが一番面白ぇんだよ」
日下部が振り返る。怯えと怒りが入り混じった瞳が、遥を射抜く。
――知られてしまった。自分が隠してきた惨めな姿を。
遥の胸は焼けるように痛んだ。
「さ、並べ並べ!」
加害者たちに肩を押され、二人は無理やり同じ姿勢を取らされる。立たされたまま、机に手をつかされ、下を向く形。
「おい、声出せよ。せーので揃えてみろよ」
「同じこと言わせたらウケるな」
「ほら、『お願いします』って言えよ。揃って!」
命令が飛ぶ。
遥は歯を食いしばったが、横で日下部が躊躇し、唇をかすかに動かすのが見えた。
その瞬間、誰かが彼の後頭部を押しつけ、机にゴツンとぶつける。
「揃えろっつってんだろ!」
嘲笑が混じる怒鳴り声。
「……お、お願い……します」
日下部の掠れた声。
遥の胸に刃が突き立つ。
「遥も! お前が言わせたんだぞ!」
鋭い声に押し出され、遥も喉を震わせた。
「……お願いします」
爆笑が響いた。
「ははっ、見たか? 二人仲良く懇願だぜ!」
「映えるなぁ、これ!」
「次は動作も揃えようぜ」
命令はさらに残酷に重ねられる。膝をつかされ、額を机につけさせられ、同じ姿勢を強要される。誰かがスマホを構え、角度を変えてシャッターを切った。
「おい、もっと揃えろ! 日下部、遅れてんぞ!」
「遥、ちゃんと教えてやれよ。お前守りたいんだろ?」
「じゃあお前が合図しろ。お前の言葉で、日下部を屈服させろよ!」
遥は絶句した。
――自分の声で、日下部を従わせろと?
屈辱の鎖で、彼を縛れと?
日下部が視線を向けてくる。痛みと混乱で揺れるその瞳に、遥は何も返せなかった。
「はは、見ろよ! こいつ喋れねえぞ!」
「じゃあ代わりに俺らがやるか。ほら、『次は土下座』!」
腕を引かれ、二人同時に床へと押し倒される。膝が硬い床に打ちつけられ、鋭い痛みが走る。
顔を上げられないまま、足音と笑い声だけが響く。
「よっしゃ! 並んで土下座完成!」
「写真、動画! ほら、保存しとけ!」
カメラのシャッター音が連打され、二人の惨めな姿が切り取られていく。
「なぁ日下部、どうだ? 遥がさ、いつもこうやって“自分だけでいい”とか言ってんの。かっこよくね?」
「でも結局、お前まで巻き込んでんだぞ。守れてねぇじゃん」
「英雄様のせいで、お前も同じ穴のムジナってわけだ」
侮辱の言葉が突き刺さる。日下部は歯を食いしばり、拳を握った。だが声は出せなかった。
遥は血が滲むほど唇を噛み、ただ耐えた。
守るはずだった。守りたかった。
だが現実は――その願いが、日下部をさらに追い込む鎖になっている。
笑いは止まらない。命令も止まらない。
二人に同じ屈辱を繰り返し強要しながら、彼らは嗜虐の熱に酔っていく。
そして遥は理解する。
自分の犠牲は、守るための懇願は――すべて逆効果。
壊したくない相手を、より深く泥に引きずり込む。
その残酷な真実だけが、胸に焼き付いた。