テラーノベル
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遥は「信じたいのに信じられない」と言ったあと、口を噤む。言ってはいけなかった。言葉にした瞬間、現実になる。
胸の奥で「裏切られるぞ」という声が響いて、呼吸が苦しくなる。
日下部の手がまだ重なっていた。
その温かさが、遥には怖かった。
「……やめろよ」
掠れた声で言っても、日下部は手を離さない。
「怖いなら、怖いままでいい。俺はそれでも隣にいる」
その一言で、遥の喉がつまった。
優しさは刃だ。
信じたい衝動を呼び起こして、同時に「どうせ壊れる」という予感を突きつける。
「……おまえ、そんなこと言って、いつか消えるくせに」
震える言葉に、日下部は答えなかった。
ただ、静かに距離を詰めて、頭にそっと手を置いた。
拒絶する力も出なくて、遥はただ目を閉じる。
涙がこぼれる。
信じるわけにはいかない。
それでも、その手を振り払うことはできなかった。
遥が「……おまえ、そんなこと言って、どうせ消えるくせに」と震える声で吐き捨てる。
それは挑発でも試しでもなく、ただ怖さの裏返しだった。
日下部は何も言わずに見つめ返した。
胸の奥で、優しさだけでは届かない感覚が膨らんでいく。
「……俺だって、完璧じゃない」
思わず、声が漏れる。
「いつまで耐えられるか、自分でもわからない」
遥が驚いたように顔を上げた、その瞬間。
抑えてきた衝動が弾けるように、日下部は唇を重ねていた。
短い、けれど拒絶できないほど真っ直ぐなキスだった。
遥の心臓が荒く跳ねる。
頭が真っ白になる。
拒むはずだったのに、声が出なかった。
唇が離れたあと、夜気が一気に冷たさを取り戻す。
日下部は目を伏せ、拳を握る。
「……ごめん。守るって言いながら、結局、自分の感情に負けた」
遥は震える声で言葉を探す。
怒ればいいのか、救われればいいのか。
ただ、胸の奥で何かが大きく揺さぶられていた。
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