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※修正・加筆。
夜の公園。灯りの届かない木陰で、遥は膝を抱えて座っていた。
隣でも、向かいでもない。少し距離を置いたベンチに、日下部が黙っている。
二人の間に落ちる沈黙は、冷えた風よりも重かった。
「……なあ」
遥の声はかすれていた。
「おまえ、なんでそこにいんの。……もういいだろ」
震えを隠そうとするように、笑みを作る。けれどそれは歪みきっていた。
「どうせ、そのうち消えるんだろ。……おれのことなんか、ほんとはどうでもいいんだろ」
その言葉は、突き放すためのものだった。
日下部を傷つけて、遠ざけて。そうすれば、自分が先に裏切られるより楽だから。
幼い頃から、ずっとその繰り返しだった。
信じた瞬間、裏切られる。
差し出した手を、踏みつけられる。
「友達だよ」なんて笑ったやつほど、次の日には「裏切り者」だと罵った。
抱きしめてくれた腕ほど、裏では「金ヅル」と吐き捨てていた。
……騙された。裏切られた。
その記憶が、脳裏を焼き続ける。
だから、信じるな。
だから、誰も愛すな。
それが遥を守ってきた唯一のやり方だった。
「なあ、なんか言えよ」
遥は震えながら吐き出す。
「おまえ、ほんとはもう嫌なんだろ。……俺のことなんか、めんどくせえって思ってんだろ」
挑発。試し。拒絶。
言葉を並べれば、きっと嫌ってくれるはずだった。
――それなのに。
日下部はただ見ていた。
怒りも、軽蔑もない瞳で。
「……俺だって、完璧じゃない」
ぽつりと漏れたその声は、遥の胸を不意に打った。
「どこまで耐えられるか、自分でもわからない」
遥が驚いたように顔を上げる。
その一瞬。
日下部の身体が動いた。
抑えてきた何かが弾けるように、唇が重なった。
痛みではなかった。
けれど、衝撃だった。
頭が真っ白になる。
息ができない。
――拒めない。
心臓が暴れるように脈打ち、遥の指先が震える。
突き飛ばせばいい。罵倒すればいい。
なのに、何もできなかった。
唇が離れたとき、夜の冷気が戻ってくる。
遥は硬直したまま、息を乱していた。
日下部は視線を落とし、拳を固く握りしめていた。
「……ごめん」
その声は低く、掠れていた。
「守るって言ったのに。結局、俺がいちばん守れてない」
遥の胸が痛んだ。
怒れなかった。責められなかった。
ただ、心の奥で何かが崩れかけていた。
――こんなの、望んでない。
――でも。
胸の奥で、ずっと押し殺してきた声が囁く。
「ほんとは、欲しかったんだろ」
涙がにじむ。
遥は震える声で吐き出す。
「……なんで、そんな顔すんだよ。おれ、許される人間じゃないのに」
日下部は答えなかった。
ただ、痛みを抱えた目で遥を見ていた。
その視線が、余計に残酷だった。
優しさでも憐れみでもなく、選び取るような眼差し。
「最低の自分」すら抱きしめようとする眼差し。
それが、遥にはいちばん痛かった。
声を殺し、遥は泣いた。
拒絶もできず、救われることもできず。
ただその狭間で、どうしようもなく崩れていった。