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※あぁ……あぁぁああ……どうした、私!どうして、こうなる!汗
放課後の静かな教室。
窓の外では部活の声が遠くに聞こえていた。
日下部は、椅子に座ってノートをめくっていた。
何かを書いていたわけでもない。ただ、そこにいた。
扉が、遠慮がちにノックされた。
「……入っていいですか」
声の主は、二年の男子だった。少しうつむき気味で、顔は見えない。
日下部は、特に何も言わずに手で椅子を示した。
男の子はしばらく立ち尽くしていたが、やがて静かに椅子に座った。
「その……兄のことで、ちょっと……」
ぽつり、と彼は言った。
その声は、部屋の中に沈むように消えていく。
「うちの兄、成績も良くて、部活でもキャプテンで……親からも、すごく期待されてて。
……よく比べられるんです。
“なんであんたはこうなの”って」
言いながら、彼の指先が机の端をいじっている。爪で、木の端をこすっている。
「兄は悪くないんです。たぶん。
でも、なんか最近、顔を合わせるのもしんどくなって。
笑ってる兄を見ると、こっちの胸が苦しくなるんです。
……なんか、俺、性格悪いのかなって……」
言葉が、そこで途切れた。
日下部はずっと黙っていた。
だが、顔を伏せたその少年の手元をじっと見つめていた。
「……うん」
日下部が、低く呟いた。
声というより、音のようなひとこと。
「俺も兄貴、いる。似てるよ、お前の話に」
少年が、ふと顔を上げた。
「比べられるとさ、なんか……兄貴のことまで嫌いになりそうになるよな。
そう思う自分も、また嫌になる。
勝手に負けてる気になって、勝手にいじけて……
そんな自分、情けねえって思う。……わかるよ」
静かな声だった。
淡々としていて、でも、その重みは胸に落ちてくる。
「でもな」
日下部は、指先で机をトン、と軽く叩いた。
「兄貴が優秀だからって、お前がダメなわけじゃない。
比べてるのは、兄貴じゃなくて、周りと――たぶん、お前自身なんだ」
少年の目が少し揺れた。
「それに、誰かの成功が、お前の痛みをかき消していい理由にはならない」
日下部は、それを“ゆるやかに言い放つ”ように口にした。
「兄貴を嫌いになる前にさ、お前自身のことを、ちょっとだけ見てやってほしい」
「……見ても、何もない気がします」
ようやく返ってきた少年の声は、かすれていた。
「だったら、探せばいい。誰かと比べないで、自分だけの“ましなこと”を」
少し黙って、それから日下部は、ふっと目を伏せた。
「……俺はまだ、探してる途中だけどな」
その言葉に、少年ははじめて少しだけ笑った。ほんのわずか、ほんの一瞬だったけれど。
🗝日下部からのことば:
「お前が壊れてるんじゃない。
誰かと比べられて、心がすり減っただけだ。
それは、ちゃんと生きてる証拠だよ」
相談室に、少しだけ風が吹き込んだ。
夕方の光が、机の上に斜めに伸びている。
日下部はそれを見て、ただ黙っていた。