テラーノベル
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フロアを歩く。
テーブルの間を抜けるたび、違う話し声が耳に入る。
仕事の愚痴。
恋人の話。
昔話。
誰もが、自分の話を聞いてほしくて来ている。
私はグラスを下げて、新しいお酒を運ぶ。
その途中だった。
「ナナちゃん」
呼ばれる。
振り向くと、高槻さんが片手を上げていた。
「はい?」
「あとで一曲だけ付き合ってよ」
「カラオケですか?」
「そう」
「私、あんまり歌わないですよ」
「知ってる」
知ってるのに言う。
「だから聞いてみたい」
少し困って笑う。
「考えときます」
「その返事は断るやつだ」
「ばれました?」
「ばれるよ」
そんなやり取りをしていると、
「ナナ」
少し離れた席から声が届く。
私は反射的に振り向く。
真瀬さんだった。
目が合う。
「ごめん」
珍しく、向こうから言う。
「水、もらえる?」
「あ、はい」
すぐに向かう。
後ろから、
「行ってらっしゃい」
と高槻さんが笑う声が聞こえた。
席に着いて、水を置く。
「ありがとうございます」
「いえ」
グラスの水滴を拭きながら、
「珍しいですね」
と言う。
「何が?」
「真瀬さんがお水頼むの」
「ああ」
少し笑う。
「今日は飲みすぎた」
「初めて聞きました」
「初めてかも」
そんな会話をしていると、
「真瀬さん」
思わず口にしていた。
「ん?」
「さっき、高槻さんと少し話してたんです」
「そうなんだ」
興味があるのかないのか分からない返事。
でも。
「面白い人だね」
その一言だけは、少し印象に残った。
「そうですね」
「ナナは、ああいう人好きそう」
手が止まる。
「え?」
「笑うから」
それだけ言って、真瀬さんは水を飲んだ。
私は返事ができない。
好き。
その言葉だけが、頭の中で静かに残る。
「違いますよ」
少し遅れて答える。
「そう?」
「はい」
「なら、いい」
また曖昧だ。
でも。
その「なら、いい」が、なぜか胸に引っかかった。
席を立つ。
「また呼んでください」
「うん」
振り返ると、フロアの向こうから視線を感じた。
カウンター席。
いつも静かに周りを見ている人が、こちらを見ていた。
目が合うと、小さくグラスを持ち上げる。
挨拶みたいに。
私は軽く会釈だけ返した。
その一瞬を、誰が見ていたのか。
まだ私は、知らなかった。
#角名倫太郎
紫 憂 .
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コメント
1件
よっ!ゆめかだよ〜🌸 第38話読み終えた! もうさ、真瀬さんの「なら、いい」がめっちゃ気になりすぎるんだけど😭💕 あの曖昧な言い方に色んな感情が詰まってて、胸がざわつく……。高槻さんとのカラオケ話も軽いようで距離感絶妙で、最後のカウンターの人の視線で「何か始まる…!」って予感が走ったよ!続き早く教えて〜〜⋆⸜💋⸝⋆