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空乃 美晴
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雨晒しの原稿用紙
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新入社員に与えられた最初の大仕事は、企画ではなく倉庫整理だった。
「夢のある会社って、もう少し夢の近くから始まるものでは」
段ボールの山を前に、クリストルンがつぶやく。
それを聞いたルチノは、伝票を手渡しながら眉一つ動かさなかった。
「夢は在庫の上に立つ」
「言い方が厳しい」
「現実だ」
倉庫には、季節外れの商品、返品された試作品、販促で余った小物が整然と並んでいた。整っているのに、どこか寂しい。店頭に並ばなかった玩具たちが、息をひそめているように見える。
クリストルンは指示通り品番を確認し、棚番号を書き込み、返品理由の欄に目を走らせていく。
塗装のはがれ。
音が小さい。
縫い目が気になる。
遊ばなくなった。
ところが読み進めるうちに、別の言葉が目につき始めた。
「忙しくて遊ぶ時間がない」
「子どもがすぐ飽きた」
「反応はかわいいが、親子で一緒に使う場面が少ない」
クリストルンは手を止めた。
「……機能が足りないっていうより、気持ちがつながらないってこと?」
返品票の余白に、思わず書き込む。
遊び方ではなく、渡し方。
機能ではなく、気持ちの受け皿。
「何を書いている」
背後からルチノの声がして、クリストルンは肩を跳ねさせた。
「びっくりした……返品理由、面白いです」
「面白い?」
「はい。これ、商品の文句に見えて、ほんとは親の困りごとです」
ルチノは無言で票を受け取り、彼女の走り書きを読む。
数秒後、ほんのわずかに口元が緩んだ。
「雑用の中にも、拾うべきものはあるらしいな」
「今、少しだけ笑いました?」
「気のせいだ」
「たしかに今」
「棚番号を先に覚えろ」
叱られているのに、クリストルンはなぜか嬉しくなる。
ただ片づけるだけの時間が、宝探しに変わった気がした。
倉庫の奥で、古びた返品票がもう一枚見つかる。
理由欄には短く、こう書かれていた。
――子どもは喜んだが、父親が泣いた。
クリストルンはその紙を見つめたまま、胸の奥で小さく火がつくのを感じた。