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放課後の教室。窓の外で、夕暮れが街を薄いオレンジ色に染めていた。
古い椅子に腰を下ろした日下部の前に、背を丸めて座る一人の男子。
彼は机に両腕を投げ出したまま、小さく息を吐いた。
「なんかさ……何にも熱中できないんだ。
周りは部活やら受験やら、やりたいことがあって頑張ってるのに、
俺は何もやる気が起きない。
好きなことを見つけろって言われても、好きって何か分からない」
日下部はその声を邪魔しないよう、黙って聞いていた。
蛍光灯の唸る音だけが教室に響く。
「楽しそうにしてるやつを見ると、置いてかれた気がする。
やりたいことも夢もないまま、毎日が流れてく感じが怖い。
このまま大人になったら、空っぽのまま終わるんじゃないかって」
男子の言葉は、静かに空気へ溶けていった。
日下部は腕を組み、窓の外の細い月を眺めながら答える。
「夢中になるものって、探して見つかるっていうより、
気づいたら巻き込まれてた――そんなもんじゃないか?
俺も別に、何かに全力でハマってるわけじゃないし」
男子が顔を上げる。
「……でも、このまま何もなかったら?」
「何もないって、悪いことじゃないと思う」
日下部は机を指で軽く叩く。
「空っぽってさ、まだ埋められるってことだろ。
無理に好きなものを探して“これだ”って決めなくても、
小さいことから始めてみりゃいい。
好きかどうか分からないけど、ちょっと面白そう、で十分だ」
男子はうつむいたまま、指先をいじる。
「……小さいこと、か」
「例えば、今日ここに来て話したのだって、その一歩だろ」
日下部は肩をすくめた。
「動いてみたら、何かしら残る。
残ったもんが、あとから自分を作るんじゃねぇかな」
教室の窓を、ゆるい風がかすめていった。
男子はその風に揺れるカーテンを見つめ、ゆっくりと息を吐く。
「……なんか、ちょっとだけ動いてみるわ」
「それで十分」
日下部の声は、薄暮に溶けてやわらかく響いた。