テラーノベル
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待ち合わせは、駅前のチェーン店だった。
おしゃれでもないし、同伴でもない。
ただ仕事終わりに来やすい場所を選んだだけ。
それだけのはずなのに、ドアを開ける前に少しだけ息を整えた。
「お疲れ」
それだけ言われて、席に座る。
スーツでもなく、店の匂いもしない。
昼の人だ、と改めて思う。
「飲む?」
「明日も出勤だから」
そう言うと、彼は無理に勧めなかった。
その当たり前が、少しだけ珍しい。
他愛もない話をする。
仕事の愚痴、最近眠れない話、好きなラーメンの話。
どれも盛り上がらないし、つまらなくもない。
営業用の笑顔を出さなくても、場が持つ。
「店、大変そうだね」
そう言われて、返事に困る。
大変じゃない仕事なんてない、って言葉は嘘になるし、楽だよ、って言うほど割り切れてもいない。
「まあ、普通」
一番便利な言葉を使う。
沈黙が落ちる。
でも、気まずくはならない。
時計を見る癖も、グラスを触る癖も、出ない。
「この後、どうする?」
そう聞かれて、少しだけ警戒する。
「帰るよ」
即答すると、彼は笑った。
「だよね」
期待してない顔。残念そうでもない。
店外で会って、何も起きない。
手も繋がないし、距離も詰まらない。
それが、こんなに楽だと思わなかった。
会計を済ませて、外に出る。
夜風が冷たい。
「送るよ」
「大丈夫」
一駅分だけ一緒に歩く。
コンビニの明かり、終電前の人の流れ。
キャバ嬢じゃない私が、ここにいる。
「また、会える?」
聞き方が、軽い。
だから答えも軽くする。
「気が向いたら」
嘘じゃない。
別れ際、何もない。
連絡先を交換し直すことも、次の約束をすることもない。
帰りの電車でスマホを見る。
営業用の通知が並ぶ中で、彼からの連絡はない。
それに、少しだけ安心する。
何も起きなかった夜。
だからこそ、妙に残る。
仕事でも恋でもない場所に、少し長く立ち止まってしまった気がした。
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