テラーノベル
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午前二時間目が終わると、教室は一気に騒がしくなった。
椅子を引く音が重なり、あちこちで笑い声が上がる。
遥は机に手をついたまま動かなかった。
立ち上がるだけで身体が重い。
熱は朝より確実に上がっていた。
額に浮いた汗を袖で拭い、ゆっくり息を整える。
休みたい。
保健室へ行けば少しは楽になるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
だが、すぐに消えた。
行ったところで説明を求められる。
大丈夫です、と言って戻ってくる自分の姿まで想像できた。
「遥」
名前を呼ばれる。
顔を上げると、クラスメイトが教室の後ろから手招きしていた。
「悪いけど、これ印刷室まで持ってって」
積み重なった教材を机へ置かれる。
紙の束は思ったより重い。
腕に抱えた瞬間、身体がぐらりと揺れた。
「……分かった」
それしか言えなかった。
「助かる」
そう言うと、その生徒はもう別の友人のところへ行ってしまう。
遥が引き受けることを疑ってもいない。
断るという選択肢があるとも思っていない。
それが、この教室では当たり前だった。
教材を抱え、廊下へ出る。
一歩進むたびに腕へ重みが食い込む。
階段を下りるころには息が上がっていた。
途中で立ち止まり、教材を抱え直す。
手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。
「……まだ」
まだ運べる。
そう言い聞かせるように小さく呟き、再び歩き出す。
印刷室へ届け、教室へ戻る。
椅子へ座る間もなく、今度は別の声が飛んできた。
「遥、職員室寄るならこれ返しといて」
図書室の本が数冊、机へ置かれる。
一瞬だけ言葉が詰まる。
身体が拒否している。
もう動きたくない。
それでも。
「……分かった」
本を抱え直す。
誰も悪意を口にはしない。
「お願い」
「ついでだから」
そんな軽い言葉ばかりだ。
だから断れない。
断れば、自分だけが空気を悪くしたようになる。
教室を出たところで、向こうから日下部が歩いてきた。
遥の腕いっぱいの荷物を見るなり、眉をひそめる。
「またか」
「……別に」
「それ、全部お前のか」
「違う」
「じゃあ何でお前が持ってんだ」
遥は答えない。
答える理由がない。
いや、答えたくなかった。
日下部はため息をつく。
「少し貸せ」
「いい」
「いいじゃねぇだろ」
「すぐ終わる」
「顔色見えてるか」
遥は小さく首を振る。
「これくらいなら、できる」
その声は、自分に言い聞かせているようでもあった。
日下部は何か言いかけて口を閉じる。
遥の表情を見て、それ以上言っても無駄だと分かったからだった。
遥は本を抱え直し、ゆっくりと歩き出す。
一歩踏み出すたびに足元が揺れる。
それでも止まらない。
止まってしまえば、自分はもう動けなくなる気がしていた。
#おともだちさがし
りら。
45
#創作
コメント
1件
うわ…読んでいて胸がぎゅっとなりました。遥が身体を引きずるようにして「分かった」「できる」と繰り返す姿、すごくリアルで切なかったです。頼む側は悪気がないからこそ、断る理由が見つからなくて潰れていく感じ、心当たりがありすぎて苦しい。日下部が「顔色見えてるか」と言ったところで遥が首を振るだけなのも、二人の関係の微妙な距離が伝わってきて印象的でした。続きが気になります…。