テラーノベル
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教室へ戻ると、誰かが遥の机を見て笑った。
「遅かったな」
「頼んだだけでこんな時間かかる?」
「使えねぇ」
荷物を置く間もなく、別の声が飛ぶ。
「これも職員室」
ファイルが机の上へ滑ってくる。
「あと、このプリントも配っといて」
「早く」
返事を待たない。
遥がやる前提で話が進んでいく。
教室のあちこちで笑い声が上がる。
「便利だな」
「断らねぇし」
「何でもやってくれる」
遥はファイルを手に取った。
喉が熱い。
頭が重い。
それでも動く。
断れば、もっと面倒になる。
それだけは分かっていた。
教室を出ようとしたところで、肩が軽くぶつけられる。
「邪魔」
謝る声はない。
振り返れば、相手はもう友人と笑いながら歩いていた。
遥は何も言わない。
言っても変わらない。
それを知っているからだった。
職員室へファイルを届け、プリントを配り終えた頃には、休み時間はほとんど残っていなかった。
教室へ戻る廊下が、やけに長く感じる。
足が重い。
身体の芯が熱を持ち、制服の背中には汗が張りついていた。
壁際を歩きながら、小さく息を吐く。
大丈夫。
あと少し。
教室まで戻れば席に座れる。
そう思って扉を開けた。
しかし、席へ着く前に声が飛んだ。
「遥」
教師だった。
「この教材、視聴覚室まで運んでくれるか」
机の横には、教科書や資料をまとめた箱が置かれていた。
遥は一瞬だけ箱を見る。
それなりの重さがありそうだった。
「はい」
短く返事をする。
断るという考えは浮かばない。
教師も、それ以上遥の様子を気にすることはなかった。
「頼む」
それだけ言って教壇へ戻る。
教室の後ろから、小さな笑い声が聞こえた。
「また頼まれてる」
「先生も便利に使うよな」
「ちょうどいいじゃん」
誰も止めない。
誰も「代わる」とは言わない。
遥は箱を抱え上げた。
腕にずしりと重みがかかる。
身体がぐらりと揺れた。
それでも箱を落とさないよう抱え直し、ゆっくり教室を出る。
まい
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廊下は静かだった。
授業が始まる直前で、人影も少ない。
一歩進むたびに呼吸が浅くなる。
熱い。
額から流れた汗が頬を伝い、顎先から床へ落ちた。
箱を持ち替えようとしても、腕に力が入らない。
階段の前で立ち止まる。
手すりへ肘を預け、目を閉じた。
数秒だけ。
本当に数秒だけ休めば歩ける。
そう思った。
「……遥」
聞き慣れた声がした。
顔を上げる。
階段を上ってきた日下部が、足を止めてこちらを見ていた。
その視線は箱ではなく、遥の顔に向いている。
「お前、その顔色……」
遥はすぐに視線を逸らした。
「何でもない」
「何でもなく見えない」
「仕事、頼まれてるだけ」
日下部は箱へ目を落とし、小さくため息をつく。
「終わったら少し休め」
「平気」
「その言葉しか言えないのか」
遥は答えない。
答える余裕がなかった。
身体が熱い。
耳鳴りがして、廊下の景色が少しずつ白く霞んでいく。
それでも箱を抱え直し、一歩ずつ階段へ足をかけた。
コメント
1件
うわ……第25話、読んでて胸がぎゅっとなりました。遥くん、明らかに体調が悪いのに、周りの誰も気づかないどころかどんどん頼んでくる。その「断れば面倒になる」って諦めがもう切なくて。日下部くんがようやく異変に気づいてくれたところ、ほっとした反面「その言葉しか言えないのか」って台詞がズシリときました。ruruhaさん、この無理して平気を装う感じ、すごくリアルです。次が気になります……!