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午後の相談室は、薄暗く静かだった。 日下部は机に突っ伏してプリントを整理していたが、窓から差す光に目が慣れると、ドアの影が動くのに気づいた。
「……あの、日下部先輩、ちょっといいですか」
声は小さく、でも少し震えていた。
日下部は顔を上げ、肩をすくめて言う。
「おう、入っていいよ」
生徒はゆっくりと歩き、机の端に座った。
リュックを抱え、肩を少し丸めている。
「……実は、家があんまりお金なくて」
声が詰まり、息を飲むように続けた。
「部活の道具とか、友達と出かけるお金とか、自分だけ持てなくて……。周りと比べると、どうしても卑屈になっちゃうんです」
日下部は机を軽く叩きながら、考えるように黙った。
「……そうか」
短い声の後、ゆっくり口を開く。
「そりゃ、きついな。……俺も、そういう感覚はわかる気がする」
「え?」
「親の仕事で家がカツカツな時期とか、学費とか自分の小遣いのことで気を使うこと。
周りは普通にやってるみたいに見えて、余計に焦る」
生徒は目を伏せる。
「どうしても、恥ずかしくて友達に話せないし、だから孤立してる気がして」
「孤立って、誰かに相談できないことも含まれるよな」
日下部はペンを指先で回しながら言った。
「でもな、恥ずかしいって思うのは、自分が悪いんじゃなくて、状況が不公平だからだ。
お金のことは、誰かが悪いわけじゃない。比べても仕方ない」
生徒は少し肩の力を抜いた。
「……そう言われると、少し楽です」
「それでも、辛いもんは辛いよな」
日下部は不器用に笑った。
「でも、こうして話すだけで、少しでも自分を取り戻せる瞬間もあると思う」
外から夕陽が差し込み、相談室の壁に二人の影が長く伸びる。
言葉は少なくても、部屋には静かな温度が残った。