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席についた瞬間、分かった。
この人だ、と。
指名でも、常連でもない。
なのに、視線が一度も外れない男。
「……今日、静かだね」
私が言うと、彼は首を傾けた。
「そう?」
「いつもより」
「君が、静かに見えるだけじゃない」
訂正される。
優しくも、強くもない声。
「今日はフリー多くて」
仕事の理由を出す。
自分でも、逃げてるって分かる。
「大変だね」
そう言ってくれれば、楽だった。
でも彼は言わない。
「フリーが多い日は、選ばれる日でしょ」
喉が一瞬、詰まる。
「……選ぶ側じゃないです」
「そう?」
また、疑問形。
「選ばれるかどうか、気にしてる顔してる」
指摘じゃない。
断定でもない。
ただ、置かれる。
「……嫌ですか」
思わず聞いてしまった。
「何が?」
「私が、そういう顔してるの」
彼は少し考えてから、言った。
「嫌じゃない」
「じゃあ、いいですか」
「いいかどうかは、君が決めること」
ズルい。
逃げ道をくれない。
他の男なら、「いいよ」と言う。
「可愛い」と言う。
「気にしなくていい」と言う。
でもこの人は、
私に考えさせる。
「……じゃあ」
グラスを置いて、少しだけ前のめりになる。
「私が、選ばれたい顔してたら?」
彼は、初めて目を細めた。
「それは」
一拍。
「困る」
胸が、きゅっと縮む。
「どうして」
「選ばれたいって顔は、疲れる」
慰めじゃない。
拒絶でもない。
「君は、選ばれなくても、ここにいるでしょ」
その言葉で、何かが崩れる。
――ああ。
この人は、私を欲しがらない。
だから、欲しくなる。
呼び出しのランプが光る。立ち上がる前に、私は言った。
「また、来ますか」
仕事の言葉。
でも、賭けだった。
「来るよ」
即答。
「君が、ここで同じ顔してたら」
残酷なくらい、正直。
席を離れながら、思う。
この人だけは、
私を好きにならない。
だから私は、
もう少し、ここにいたくなる。