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夜のアパートに、静かな緊張が漂っていた。
昴は譜面を抱え、リビングのテーブルに置く。長い間、頭の中で鳴っていた旋律を、ついに外の世界に向けて書き上げる決意をした瞬間だった。
翔はソファに座り、目を伏せたまま腕を組む。
「……やっぱり、そういうことか」
低く、冷たい声。だが、その奥には怒りだけでなく、不安と悲しみが入り混じっていた。
「翔……この曲は、俺のためでも、お前のためでもある。だけど、外の世界に出す必要があるんだ」
昴の声は静かで、震えはない。譜面に込めた想いを伝えるために、言葉を丁寧に選んでいた。
翔は顔を上げ、鋭い視線で昴を見つめる。
「俺だけの世界じゃダメなのか……? なんで外なんかに出すんだ……」
その言葉に、昴の胸が締め付けられる。翔の依存の深さと、自分の決断の重さがぶつかる。
昴はゆっくりと譜面を差し出す。
「見てほしいんだ……お前にだけ、先に」
翔は手を伸ばそうとするが、躊躇いが見える。恐怖と依存と、もう一歩踏み込めない複雑な感情。
「俺は……弾かない」
小さく、しかし確かな声で翔は拒絶した。
その瞬間、昴は胸が痛むのを感じた。
――拒絶されても、譜面を差し出すしかない。
「それでも、聴かせたいんだ。お前がいないと、この曲は完成しない」
昴の瞳は真っ直ぐに翔を捉える。譜面には、二人だけの旋律と、愛と痛みの全てが刻まれている。
翔は息を詰め、指先を震わせる。
「……お前の音を、外に出すなんて、耐えられない……」
胸の奥で、依存と愛がぶつかり合う。昴も理解していた。
この瞬間、二人の関係は揺らぎ、しかし強く結びついている。
昴は静かに頷き、譜面をテーブルに置いた。
「わかってる……でも、これが最後の楽章だ。お前のために、俺の音を守るために」
手を差し伸べ、翔の肩に触れる。恐怖と拒絶に震える翔の肩を、昴はただ抱きしめる。
夜が深く、街の灯りが窓越しに揺れる。
練習室でもなく、舞台でもない、静かな部屋で、二人は互いの存在を確かめ合った。
言葉よりも濃密な静寂の中で、譜面に込めた旋律は二人だけの世界を繋いでいる。
――最後の楽章。外の世界への第一歩。
翔は恐怖と不安に押し潰されそうになりながらも、昴の胸の熱と譜面に刻まれた旋律に、自分の心を預ける。
外部への道を開くのは、二人にとって、痛みと愛の交錯だった。
夜は深まる。二人の世界はまだ揺れている。
だが、譜面を通じて互いの旋律が共鳴し、二人だけの音が、静かに生きている。