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白い庭の光は、朝の気配とともにゆっくりと溶けていった。
風がささやくように花々の間を通り抜け、柔らかく揺れる葉のざわめきが二人の存在を祝福しているかのようだった。
だが、徐々に庭の輪郭はぼやけ、光の粒も薄れ、霧が静かに空間を満たしていく。
真白は、手に握ったアレクシスの温もりをまだ感じていた。
互いの指先が離れかけた瞬間、心の奥で疼く感覚が走った。
目を閉じると、前世で交わした記憶と夢の中の庭が、淡い光の残像として胸に蘇る。
庇い、死んだあの瞬間の痛み、アレクシスを置き去りにしてしまった自分の罪、そして彼が何度も自分を探してくれた理由。
そのすべてが、言葉にならないまま、真白の胸に重くのしかかる。
「……まだ、ここにいてほしい」
小さく呟いた声は、庭の崩れゆく光に吸い込まれるように消えた。
振り返ると、アレクシスの姿はもうない。
夢の世界の中で、光と霧の中に漂っていた金色の髪も、微笑む瞳も、すべてが静かに消えてしまったのだ。
しかし、真白は胸の奥に確かな痕跡を感じていた。
“また会おう”
その声だけが、現実の世界に生き残っていた。
空気の隅に溶け込むように残るその響きは、冷たさや孤独ではなく、温かく、柔らかく、真白の心を包む。
夢の庭で交わした誓いは、たとえ形として消えても、魂の奥底に確かに刻まれていた。
真白はゆっくりと目を開ける。
薄明かりが部屋を照らし、カーテン越しの朝の光が静かに床に伸びている。
手元には、夢の中で触れた花びらの感触が、微かに残っているかのように感じられた。
現実の世界は、夢の庭とは異なり無機質で、冷たく、淡々としている。
それでも、胸に残る声が、世界の色をやわらかく染めていた。
窓の外に目をやると、街はまだ静まり返っている。遠くで鳥が鳴き、風がカーテンを揺らす。
その音に混じって、かすかな気配を感じたような気がする。
振り返っても、アレクシスの姿はない。
しかし、確かにそこにあった魂の温もり、互いに交わした約束の残響が、静かに真白を励ましていた。
真白は深く息を吐き、胸に手を当てる。
あの言葉、あの約束――「今度こそ、君を置いていかない」――が、光の庭の消失とともに彼の心に染み込み、現実世界での彼の生をそっと支えていた。
夢の世界は終わったが、魂の繋がりは消えることなく、真白を包んでいる。
「また会える……きっと」
小さく口にした言葉は、朝の光に溶けていった。
胸の奥で微かに鳴る鼓動が、確かな希望を告げる。
世界がどれほど変わろうと、形として残らなくても、魂が覚えている限り、再び巡り会える――その確信が、真白の歩みを前へと押し出す。
目の前に広がる日常の景色は、かつての夢の庭のように煌めいてはいない。
それでも、目に見えない光の糸が胸を満たし、世界を少しだけ優しいものに変えていた。
花の香りも、霧の柔らかさも、すべては思い出の中で、静かに息づいている。
真白はゆっくりと立ち上がり、手を伸ばす。
指先に届くのは空気だけだが、確かにそこにある温もりを信じられた。
魂の絆は、時間や空間を超えて、どこまでも生き続ける。
今日という現実の朝も、彼らの物語の一章として、光の下で静かに息をしているのだった。