テラーノベル
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夜の公園、ブランコが軋む音だけが遠くで響いていた。静かな空気のなか、遥は日下部の隣で、何も言わずに座っていた。下を向いたその顔は表情が読めない。
「……手、貸して」
そう呟いた遥の声に、日下部は少し遅れて差し出す。
遥はその手をそっと指先でなぞったあと、自分の頬にあてる。体温を感じているのか、それとも何か試しているのか——日下部には分からなかった。
「こういうのさ、キモい?」
遥の問いに、日下部は返事をしない。ただ、顔を伏せたままの彼をじっと見る。
遥はわずかに笑った。けれどその笑みは、どこか拗れて、壊れかけていた。
「ねえ……オレのこと、欲しい?」
低く落ちた声。
甘さも色気もない。ただ、答えを測るような乾いた問いだった。
日下部は言葉を探すが、見つからないまま、喉が上下する。
「みんな、そうだったよ。黙って、手を伸ばして、勝手に触って……勝手に壊してった。オレが、そうされるもんだと思ってた」
遥の声が、ふと震える。けれど涙は見せない。見せ方がわからないだけだ。
「でもさ、日下部、ぜんぜん触らないよな」
遥はそう言って、日下部の服の裾を掴む。
その手がかすかに震えていた。
「……だから怖いんだよ。触ってこないの、なんか、ズルいよ」
日下部は、ゆっくりとその手に自分の手を重ねる。
そして言う。
「遥のこと、ちゃんと見たい。無理させたくない」
遥は何も言わない。
でも、初めて「無理じゃなくてもいい」と思いかけた自分に気づいて、ぐちゃぐちゃになりそうだった。
触れてほしいのか、拒まれたいのか、自分でも分からない。
けれど、いま目の前にいる日下部だけは、自分を“手段”じゃなく“ひとりの人間”として見ていると、遥のどこかが言っていた。
心を試すために、体を差し出したふりをしたはずだった。
けれど、触れられなかったことで初めて、自分の“本音”に触れられてしまった気がして——
遥は、そっと日下部の肩に額を預けた。