無名の灯３

翌日の教室は、異様に張りつめていた。誰もが昨日の「乱れ」を覚えている。日下部が抗ったあの瞬間。

「今日のテーマは“連帯責任”な」

黒板に大きく書かれた文字。

ひとつ笑いが走る。──つまり「二人まとめて」やるという宣言。

日下部はわざとらしく欠伸をしていた。

殴られ、押さえつけられた痕が顔に残っていても、表情には投げやりな余裕を浮かべていた。

「……やれるもんならやってみろ」

低く呟く声が、かえって焚きつけてしまう。

遥は、もう分かっていた。

彼が強がれば強がるほど、標的は強化される。

自分のせいで。自分のせいで──。

「じゃ、最初は声出しゲームな」

「二人で同時に『ごめんなさい』って言わなきゃ、減点」

「タイミング揃わなかったら追加で罰ゲーム」

笑いが広がる。

机を叩く音が合図のように響き、カウントが始まる。

「いち、にい──」

遥は口を開けない。声を出せば、また「加害者だ」と信じ込まされる。

でも出さなければ、日下部がさらに殴られる。

「……ごめんなさ──」

かすれた声をようやく吐いた瞬間、日下部の拳が机を叩いた。

「ふざけんな！」

怒鳴り声。教室全体がどよめく。

「謝る必要なんかねぇ！」

「お前らの遊びに付き合う必要もねぇ！」

群れの興奮は一気に燃え上がった。

椅子を引きずる音。ペットボトルが飛ぶ。

「いいね、逆らえば逆らうほど点数稼げるじゃん」

「罰ゲーム追加！　今日は“人格剥がし”だ！」

黒板に新しい文字が走る。

──「今日一日、“自分じゃない名前”で呼ばれる」

遥の机にチョークででかでかと書かれる。

『汚物』

笑い声が爆発する。

教師はまた止めない。

「記録は私が預かるからな」

皮肉な笑みを浮かべるだけで。

日下部は歯を食いしばり、遥の肩を押した。

「気にすんな……俺がいる」

その声は低く、本気で震えていた。

遥は、耐えられなかった。

──なんでこいつは、まだこんなこと言えるんだ。

──なんで、俺なんかのせいで、こんな目に遭って……。

「やめろ……」

吐き出すように呟いた。

「俺のせいだろ……」

誰もそれを否定しない。

笑い声だけが教室を満たしていく。

日下部の拳が震え、机の端を掴んでいた。

その姿が、遥にとっては救いであり、同時に何よりも残酷な拷問だった。