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翌日。黒板には新しいルールが走っていた。
──「今日の罰:役割交代」
「簡単だろ? お前ら二人、互いのことを“演じる”んだよ」
「日下部は遥になりきって、あいつの惨めさを笑わせろ」
「遥は日下部を真似して、無駄な正義感とか馬鹿みたいなセリフを叫べ」
笑いが一斉に弾ける。机を叩く音がドラムのように響く。
教師も「はいはい、静かに。記録しておくぞ」と、口元だけが緩んでいた。
日下部の表情がこわばる。
「……くだらねぇ」
それ以上何も言わず、黙り込む。だが沈黙は逆に火をつける。
「ほら、やれよ! 減点だぞ?」
「できないなら二人まとめてボコるか?」
遥は、心臓を押さえるようにして息を吸った。
──もう分かっている。このゲームは逃げられない。
反抗すれば、必ず「連帯責任」で日下部に火の粉が飛ぶ。
「……俺がやる」
小さく、遥は呟いた。
「おっ、やる気出たじゃん!」
「じゃあまず、日下部の真似!」
笑い声の矛先が一気に向けられる。
遥は立ち上がり、喉を絞り出すように声を張った。
「俺が……守る! 俺がいるから大丈夫だ!」
わざとらしく胸を叩き、顔を歪める。
自分の口から日下部の言葉を、わざと安っぽく叫ぶ。
笑いが爆発した。机を叩く音、口笛。
日下部は黙ったまま、拳を握りしめていた。
その沈黙が、遥には突き刺さる。
──ごめん。俺は……俺はまた裏切った。
次は日下部の番だった。
「おい日下部、今度はお前だ。遥の真似してみろ」
笑いを期待する空気が教室を満たす。
だが日下部は立ち上がらなかった。
ゆっくりと顔を上げ、クラス全員を睨みつける。
「……くだらねぇ真似、俺はやらねぇ」
その声には一切の迷いがなかった。
一瞬、空気が凍った。
だが次の瞬間、怒号と罵声が飛び交う。
「逆らった! 追加罰だ!」
「二人まとめて“人格剥奪”な!」
黒板に大きく書かれる文字。──「名前禁止」
その日から、遥と日下部は名前で呼ばれることを許されなくなった。
「汚物」と「犬」。そう呼ばれるたび、クラスは笑い声に包まれた。
教師は一度も止めなかった。
「記録しておく。二人とも“減点”な」
口調は淡々としているのに、瞳だけは薄く光っていた。
放課後。教室を出た瞬間、遥は膝をついた。
声も出せないほど、全身が重い。
「……なんで、逆らったんだよ」
かすれた声で日下部を睨む。
日下部は俯いたまま、ゆっくりと答えた。
「……お前を笑うくらいなら、俺が潰された方がマシだからだ」
遥の胸に、激しい痛みが走った。
──そんなこと、望んでない。
──俺なんかを守るな。俺なんかに、価値はない。
しかし日下部は続けた。
「俺は、お前を見捨てねぇ。どんなに惨めでも、絶対に」
遥はその言葉に、救われるどころか、ますます息が詰まった。
救われる資格なんて、ないのに。
笑い声の残響が、まだ耳の奥でこだましていた。