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後日、夏帆は三木谷エステートの社長夫人・亜希とともに、物件の内見に訪れた。
築三十年と古めではあるものの、造りはしっかりしており、気になる点は見当たらない。
亜希によれば、この時代の建物は総じて頑丈で、大きな地震でもびくともしないものが多く、これまで一度も問題が起きたことはないという。
外観は瀟洒で、今人気のヴィンテージマンションの趣に近い。
そして現地で思わず息をのんだのは、ベランダからの眺めだった。
三階の部屋からは、隣接する公園の緑が一面に広がり、まるで借景のように美しい。
毎朝この景色を眺めて目覚めることを想像すると、それだけで胸が高鳴った。
「わぁ……公園に面してて素敵!」
夏帆が感激して声を上げると、亜希が微笑んだ。
「このマンションのオーナーも、この景色に一目ぼれして購入したそうですよ」
「分かる気がします。緑が多いから、空気が濃いっていうか……すごく気持ちいいわ」
「気に入っていただけて良かったです。では、こちらの物件でよろしいですか?」
「はい。ぜひお願いします」
「承知しました。では店に戻って、賃貸契約書にご署名をお願いしますね」
亜希はにこやかに微笑み、夏帆を車へと案内した。
賃貸契約を終えた帰り道、夏帆は胸が高鳴っていた。
(駅までは五分で、すぐ近くに物価の安い商店街もある。しかも家賃は予定よりずっと安いし……最高! 本当にあの不動産屋に行ってよかったわ)
満足のいく物件を見つけた夏帆は、すぐに引っ越し業者の手配をしなければと思った。
だが、そこでふと気づいた。
(捨てる方が先ね。荷物を最小限まで減らせば、引っ越し料金も安く済むし……)
ミニマリストになると決めた夏帆は、物も思考も人間関係も――すべてをすっきりさせて新しい生活へ踏み出そうとしていた。
それからの夏帆は忙しかった。
ブランド物のバッグや服、靴、アクセサリー……大量の持ち物を買い取り業者に引き取ってもらった。
業者が家に来たとき、
「本当に、全部買い取ってもよろしいんですか?」
と確認したほどの量だった。
それらは、駿介の好みに合わせて買ったもの、流行に乗るために手に入れたもの、さらには見栄だけのために購入したものまで混ざっていた。
どれにも思い入れはなく、自分がどれほど人の目を意識して生きてきたのかを痛感し、一刻も早く手放したいとさえ思った。
すべて査定してもらった夏帆は、提示された金額に思わず目を見張った。
予想以上にまとまった額になっていたのだ。
「こんなにするんですか?」
「はい。今は金価格も最高値に近いですし、ブランド物も状態が非常に良いので、精いっぱい査定させていただきました」
「うわぁ、ありがとうございます」
手にした金額は引っ越し費用をまかなってあまりあるほどで、新居の初期費用まで賄えそうだった。それでもまだ余るほどだ。
(この際、駿介が触れたソファやベッドも捨てちゃえ! 全部新しくしよう)
夏帆は、家電以外をすべて買い替えることに決めた。
ただし、ミニマリストとして生きると決めた以上、そろえるのは本当に必要なものだけだ。
新しい生活の準備を進めているうちに、ついに退職の日がやってきた。
(今日で最後! 駿介とあの女のイチャイチャを見るのも、今日で終わりね)
その朝、夏帆は気合を入れて会社へ向かった。
デスクのあるフロアに入ると、同僚たちが次々と声をかけてきた。
「今日で最後なんて寂しい~」
「藤田さんがいないと仕事が回らなくなっちゃう」
嬉しい言葉に、夏帆は笑顔で返した。
「大丈夫ですよ。私なんかいなくても、皆さん有能なんですから」
「そんなことないよ~。でも、羽ばたいていく藤田さんを応援しないとね」
「そうそう、笑顔で送り出さないと! で、次の仕事はまだなんだっけ?」
「はい。しばらくのんびりしてから、おいおい考えます」
「そっか。健康だけには気をつけてね」
「ありがとうございます」
笑顔で挨拶を返しながら、夏帆は自分のデスクへ向かった。
椅子に座ると、心の中でつぶやく。
(今日で最後なんだから、“立つ鳥後を濁さず”ね。しっかり頑張ろうっと)
そう気を引き締めたところで、誰かが近づいてくる気配がした。
夏帆が顔を上げると、そこには駿介が立っていた。
「ど、どうしたの?」
証券部トレーディング課に所属する駿介がこのフロアに来ることはほとんどないので、夏帆は驚いた。
夜勤明けなのだろう。
少しよれたシャツにスラックス姿。
目の下にはクマがうっすらと浮かび、疲れがにじんでいる。
駿介は神妙な表情で口を開いた。
「会社辞めるんだって?」
「ええ。今日が最後」
「俺のせいか?」
「ううん。以前から考えてたから」
「新しい仕事先は?」
「まだよ。これから探すの」
「次を探さずに、退職を決めたの?」
駿介は声を荒げた。その大きな声に、近くの同僚たちが一斉に振り返る。
「大きい声出さないでよ。変な目で見られるじゃない」
「悪い……。でも、逃げるみたいに辞めるってことは、やっぱり俺が原因なんだろう?」
「違うってば。本当に前から転職しようと思ってたのよ」
「信じられないな……。転職のことなんて、一度も言ってなかったじゃないか」
しつこく食い下がる駿介に、夏帆は深くため息をついた。
(なんでこんなこと言ってくるの? さては、あの女とうまくいってないとか?)
紗英の席に目を向けると、彼女はむっとした表情でパソコン画面をにらんでいた。
「ほら、彼女が怒ってるわよ。早く行って!」
「……じゃあ、また連絡するから」
“分かったわ”と言いかけた瞬間、夏帆は思わず声を上げた。
「はあっ? どうして連絡するのよ!」
「だって、俺たち友達に戻ったんだろう?」
「同僚に戻りはしたけど、友達じゃないから」
「同僚も友達も一緒だろ? 俺はこれまでみたいに、たまに夏帆と会って話がしたいんだ」
「はっ? 何言ってんの? 私は話すことなんてないから」
「そんなつれないこと言うなって。ま、今度夏帆の家の近くに行ったら飯にでも誘うから」
「はっ?」
「じゃあ、また連絡する」
駿介はにっこり微笑み、軽く手を上げてフロアの出口へ向かった。
その後ろ姿を見つめながら、夏帆は心の底から呆れ返った。
(何を考えてるの? 別れた男女が友達になれるわけないじゃない!)
想像もしていなかった駿介の言動に、心臓がドクドクと脈打ち張り裂けそうだ。
しかし、ふと気づく。
(そうよ、私は引っ越すんだから、何も問題ないわ。勝手にしてればいいのよ。ふんっ!)
そう思いながら、昼休みになったら駿介の携帯番号を削除しようと心に決めた。
コメント
17件
絶対ダメ男 駿介‼️夏帆ちゃん別れて正解だね 夏帆ちゃんにはこの後はゆるふわな透也さんとの再会❣️が待ってる なんとなく新しいマンションの所有者の様な気がしてます
要らないものは全て断捨離🤭 ミニマリスト実行!! 夏帆ちゃん、その調子ーーー🙌✨ 新生活に新しい風が吹きますように🍀

イェーイ!ザマアミロ〜だわ。引っ越しを知った時の顔が早くみたいわ。