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そして、いよいよ引っ越しの日を迎えた。
夏帆は、必要のないものをすべて処分し、本当に必要なものだけを厳選して荷造りをした。
そのおかげで段ボールの数は驚くほど少なく、引っ越し費用もかなり抑えられた。
新居へ移動し、業者に荷物を運び入れてもらうのにも時間はかからなかった。
朝一番に来てもらったので、午前中のうちにすべてが終わった。
業者が帰っていくと、夏帆は段ボールが積まれた部屋を見回し、ほっと息をついた。
(ここが、私の新たな“城”になるのね。ふふ、心機一転、頑張らなくっちゃ!)
そう思った瞬間、窓の外の木々が風にそよぎ、まるで夏帆を歓迎しているようだった。
夏帆はサンダルを履いてベランダに出てみる。
初秋の空はどこまでも青く澄み、乾いた風が優しく頬を撫でる。
「ああ……なんて気持ちいいの……」
しばらく隣接する森を眺めたあと、何気なく眼下の道路に目をやると、ちょうど一台のタクシーが停まり、男性が降りてきた。
その顔に見覚えがあり、夏帆は思わず目を凝らす。
「えっ、嘘っ! あのときベンチにいたイケメンホームレス?」
服装こそ違うが、間違いなくあのときの男性――透也だった。
今日はノーネクタイのきちんとしたスーツ姿で、髪も整えられ、無精ひげもきれいに剃られている。あの日のよれっとした姿とはまるで別人だ。
「前に見たときと全然違う……。まさか、そっくりな別人……とか?」
そうつぶやきながら彼の動きを追うと、透也は夏帆の住むマンションのエントランスへ向かって歩き始めるではないか。
(まさかここに住んでるの? 今日は平日なのにこんな時間に帰ってくるなんて……もしや朝帰り? それとも夜のお仕事……?)
夏帆が不審に思っていると、透也の姿は見えなくなった。
慌てて部屋に戻った夏帆は、心臓をどきどきさせながら新しいダイニングセットの椅子に腰を下ろす。これは引っ越しの数日前に運び込んでもらったものだ。
爪を噛みながらしばらく考え込んだあと、夏帆は自分にこう言い聞かせた。
(同じマンションに住んでいたとしても、顔を合わせることなんてめったにないはず。だって、ここは部屋数も多いし、たくさんの住人がいるんだもの)
持ち前の前向きさで気持ちを切り替えると、夏帆はさっそく荷物の片づけを始めた。
夜まで頑張って片づけたおかげで、なんとか生活できる状態になった。
整った部屋を見回し、夏帆は満足げに微笑む。
部屋は1LDK。
寝室には新しく買ったセミダブルベッドと、枕元に置いたナイトテーブル代わりの小さなスツールがあるだけ。
これまでシングルベッドで眠っていた夏帆は、広いベッドでひとり眠るのが夢だったので嬉しくて仕方がない。
新品の木の香りが、駿介との過去を一気に浄化してくれるような気がした。
(ああ~、夜寝るのが楽しみ!)
満足げに寝室を眺めたあと、リビングへ戻り、カウンター式のキッチンを見回す。
建物は古いが室内はフルリフォーム済みで、新築と変わらない。
(キッチンも広くて使いやすそう。何もかも最高!)
夏帆は、ここがすっかり気に入っていた。
この部屋と出会えたのは、駿介と別れたからこそ――そう思うと、振ってくれたことに感謝してもいいくらいだ。
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それほどまでに、この部屋は住み心地がよさそうだった。
「あ、そうだ。お隣へご挨拶しないと。さっきドアの音がしたから帰ってきてるかもしれない」
夏帆の部屋は一番奥から二つ目なので、まずは一番奥の部屋へ挨拶に行くことにした。
用意していた挨拶の品を手にし、インターホンを押す。しかし反応がない。
「さっきドアの音がしたと思ったんだけどな……」
もう一度押してみると、インターホン越しの応答ではなく、いきなりドアが開いたので、夏帆は思わず身をすくませた。
「あの……夜分にすみません。私、隣に引っ越してきた藤田と申しますが……」
そう言いかけたところで、夏帆の声が止まる。
玄関の中に立っていたのは、先ほど見かけたあの男性――透也だった。
Tシャツにジーンズ姿。髪はシャワーを浴びたばかりなのか少し湿っていて、そこから漂う大人の色気に、夏帆は思わずめまいがしそうになる。
「ええっ! なぜあなたが?」
「どうも~。また会ったね」
透也は嬉しそうに笑っている。夏帆がここにいることを、まったく不思議に思っていない様子だった。
「ど、どうしてここに?」
「ここ、俺のおうち~。やっと越してきたね」
「えっ? 私がここに来るのを知ってたんですか?」
「うん、知ってた」
「な、なんでっ……?」
「だって、あの不動産屋、俺の義理の弟の店だからね」
「弟さんっ?」
「うん、そう。三木谷新は、俺の妹の夫なんだ」
屈託なく笑う透也を見ながら、夏帆は絶句した。
「じゃ、じゃあ、三木谷亜希さんが妹さん?」
「そうそう。あいつ、ちゃんと応対してた?」
「え……ええ」
「それならよかった。あいつ社会人経験がないまま新くんと結婚しちゃったから、ちゃんと接客できてるか心配でさ~」
いろいろな状況が一気に脳内に押し寄せ、夏帆は軽くパニックになる。
そんな彼女に、透也がふと思い出したように言った。
「あ、悪いけど、俺、これから出勤なんだ~」
「これから?」
「うん。だから急いでるんだ。ごめんね」
「す、すみません。じゃあこれ、つまらないものですが」
「お! わざわざご丁寧にありがとう~。じゃあ、また今度ゆっくりね~、バイバイ!」
「お邪魔しました」
夏帆は慌ててドアを閉め、ふーっと息を吐いた。
コメント
23件
やっぱりお隣さん🤭🎶 ゆるふわなイケメン💕って夏帆ちゃんも少しずつ意識してる〜😊⁉️
目の前には木々の眺め爽やかな空気そして隣は謎だけどゆるふわイケメン❣️夏帆ちゃん素敵な家に引越しましたね
何と!お隣さん…♡♡♡ これから楽しみですね〜🎶