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入院生活にもすっかり慣れてきた沙夜は、息子と過ごす時間を心待ちにしながら、空いた時間にはできる限り体を動かすようになっていた。
栄養バランスの整った病院食は毎回きれいに完食し、義母・美智子が持ってきてくれる差し入れもなるべく口にして、授乳に備えてしっかり体力をつけようと努めていた。
「家では小食だったのに……ずいぶん食べるようになったじゃない。ふふっ」
美智子が思わず笑ってしまうほど、沙夜は意識して食事をとるようにしていた。
その甲斐あって、ひどかった貧血もほとんど改善し、肌の色艶も見違えるほどよくなっていた。
そんなある日、沙夜のもとに思いがけない見舞客が訪れた。
これまでは司の父が二度ほど孫の顔を見に来てくれたが、今回は司の祖母が直々に足を運んでくれたのだ。
司の祖母・芙美子とは、結婚前の挨拶と結婚式のときに会ったきり。
八十三歳という年齢にもかかわらず驚くほど元気で、この日も上品なグレーのパンツスーツに身を包み、上質なパールのネックレスとイヤリングをつけている。
それは、彼女のショートのグレーヘアによく似合っていた。
芙美子が部屋に入ってきた瞬間、沙夜は驚いてベッドから降りようとした。
しかし芙美子はお付きの男性に廊下で待つよう指示し、ドアを閉めると穏やかに言った。
「どうぞそのままでいてちょうだい」
「は、はい……」
沙夜は慌ててカーディガンを羽織り、言われた通りベッドに座り直した。
芙美子も椅子に腰を下ろし、ほっとしたように微笑んだ。
「元気そうでよかった……。ここに運ばれたって聞いたときは、心臓が止まるかと思ったわ」
「ご心配をおかけして申し訳ありません……」
「ううん。元気になってくれたらそれでいいの。ゆっくり養生しないとね」
「ありがとうございます」
少し緊張しながら礼を述べた沙夜は、ふと気になって尋ねた。
「赤ちゃんには……?」
「今、会ってきたわ。とても元気でかわいい子ねえ。それに堂々として貫禄がある。頼もしい子よ。沙夜さん、身を挺してあんな素晴らしい赤ちゃんを産んでくれて、本当にありがとう。西園寺家の長として、感謝してもしきれません。本当にありがとうね」
芙美子が深々と頭を下げたので、沙夜も慌てて頭を下げた。
それから芙美子は、持ってきたフラワーアレンジや見舞いの品を、ベッド脇の棚に静かに置いた。
「いろいろとお気遣いありがとうございます」
「いいのよ。それより、あともう少し入院なんですってね。毎日、退屈でしょう?」
「ええ……まあ……」
「そう思って、これを持ってきたの。本当は、あなたが退院してからうちに遊びに来たときに見せようと思ってたんだけど……」
芙美子が袋から取り出したのは、一冊のアルバムだった。
「アルバム……ですか?」
「そう。司の幼いころのアルバムよ」
「わあ……ありがとうございます」
沙夜は、司がどんな子供時代を過ごしたのか気になっていたので、心から喜んだ。
アルバムを見れば、彼がどんな環境で育ち、どんな子供だったのかが垣間見える。
さっそくページをめくると、生まれたばかりの司の写真が何枚も現れた。
産湯につかる姿、お宮参り、七五三――
どれも写っているのは司の父と芙美子、そして当時はまだ元気だった祖父の姿だけで、司の母の姿はどこにもない。
沙夜は写真を見つめながら尋ねた。
「失礼ですが……司さんのお母様は、いつ頃亡くなられたのですか?」
「あの子を産んだときよ。出産の予後が悪くてそのままだったの……」
沙夜は衝撃を受けた。
司の母が亡くなったのは、司が生まれてから数年後だと思っていたからだ。
芙美子は続けた。
「だからね、沙夜さんが危篤になったとき、司はひどく動転していたのよ。出張先からすぐ戻ってきて、ずっとあなたのそばにいたの。覚えてる?」
「いえ……。でも、目が覚めたとき、そばにいてくれました」
「そう……。あなたが目を覚ましたとき、どれほどほっとしたか……。まさか自分の妻まで出産で危険な状態になるとは思っていなかったでしょうからね。でも、元気になって本当によかったわ」
芙美子の瞳はかすかに潤んでいるように見えた。
沙夜は、意識のない間、司が祈るような気持ちでそばにいてくれたのだと知り、胸が熱くなった。
自分は決して粗末には扱われていない――その事実が心に沁みた。
感動に震えながら次のページをめくると、見覚えのある女性が写っていたので、沙夜は思わず息を呑んだ。
「こ……この方は?」
「ああ。それが司の母よ。写真の並びが少し前後してるけど、たしか司の妊娠が分かった妊娠初期の頃のものね」
芙美子は微笑んで答えた。
しかし沙夜は、その女性の顔を見て衝撃を受けていた。
(この人は……あの世界で会ったタクシー運転手……。私をこの世に戻してくれた、白いドレスの女性だわ……)
沙夜の手が震え、瞳に涙が滲んだ。
それに気づいた芙美子が尋ねた。
「どうしたの?」
沙夜は頬を伝う涙を拭いながら答えた。
「私が生死の境をさまよっているとき、夢を見たんです」
「夢?」
「はい。その夢の中で、私をこの世界に戻してくれた女性がいたのですが……この方だったんです。まさか、司さんのお母様だったなんて……」
こらえきれず嗚咽を漏らす沙夜の肩を、芙美子はそっと優しく撫でた。
「そう……そんな不思議なことがあったのね……」
「はい。とても優しい方でした。夢の中ではタクシーの運転手をされていて、お嬢さんがひとりいるようでした」
その言葉に、芙美子はハッとした。
「娘が……いたの?」
「はい。年頃のお嬢さんがいらっしゃったようで……」
「そう……」
芙美子は静かにうなずき、どこかほっとしたような表情を浮かべた。
そして、西園寺家の嫁である沙夜に向かって、静かに語り始めた。
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コメント
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西園寺家の皆さんに愛されてる沙夜ちゃん✨ タクシー運転手は司さんのお母さんだったのね👩そしてお嬢さんの存在は??お祖母様、ご説明よろしくお願いします🤗
マリコ先生…ごめんなさい😖🙏🏻 私、今まで沙夜ちゃんを励まし続けた タクシーの女性運転手を沙夜ちゃんの お母様だと思ってました。でも、本当は司さんのお母様だったとは…22話を読んで、早とちりの自分が恥ずかしです😖司さんのお祖母様も 沙夜ちゃんを優しく労わってくれて 素敵だなぁ…と感動しました😭 アルバムを観ながらの司さんの小さい頃の話しも…司さんにはお姉様がいた?益々明日が楽しみです🤭
お母さんだったんですね! 心配して自分のようにならないように帰してくれたんだ😢 娘さんとは司さんのお姉さん? 続きが気になります‼️