テラーノベル
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教室の空気は、ひやりと冷たい熱気で満ちていた。輪の中心に立たされた遥は、視線を落とすことすら許されない。周囲から注がれるのは、好奇と嗜虐を混ぜた光のような視線ばかり。
「なぁ、昨日の質問まだ終わってねえよな」
誰かが笑う。
「自慰のこと。結局はぐらかしただろ。ちゃんと答えろよ」
遥の喉がひくつく。息を吸うだけで胸が軋む。
「……そんなの、言えるわけ……」
言葉の先を遮るように、別の声が被さる。
「日下部の前で言わせてもいいんだぞ?」
その名を出されただけで、遥の背筋が跳ねる。
「……やめろ」
「だったら素直に話せよ。何回やった? どんな気持ちだった? 教科書みたいに、全部言葉で説明しろ」
笑い声が弾ける。遥の口は乾ききって、舌が貼りついたように重たい。
だが沈黙が続けば、次に狙われるのが誰かを知っている。
「……小学校の時から……」
喉の奥から掠れるように零れた声は、すぐに掻き消される。
「は? 聞こえねえよ! もっとはっきり言え!」
遥は肩を震わせながら、繰り返した。
「……小学校のときから……してた……」
教室にどよめきが走る。誰かが大げさに口笛を吹く。
「うわ、マジかよ。お前、早熟だったんだなぁ!」
「で? どんな感じだった? 気持ちよかったのか?」
突き刺さる質問。遥の心臓が嫌な音を立てる。
「……気持ちよくなんか、ない……」
即座に飛んだ声が、鎖のように絡みつく。
「嘘つけ。じゃあなんで続けたんだ?」
「日下部に言うぞ? お前が夜な夜な自分でやってたこと」
脅しが突き刺さるたび、遥の唇が痙攣する。声を押し殺すように吐き出す。
「……気持ち……よかったから……」
爆発するような笑い声。机を叩きながら「だよな!」「素直でいい子だ!」と囃し立てる声。
しかし終わらない。
「どんな風にやってた? 手? 道具?」
「音とか声とか出してたんじゃないの? なぁ、再現してみろよ」
遥は首を振る。全身が拒絶の震えに覆われる。
「できない……」
「じゃあ日下部にやらせる。そっちの方が盛り上がるかもな?」
言葉が刃となり、遥の意志を削り取る。
「……俺が、やる……」
その一言で、逃げ場が完全に閉ざされる。
命じる声が降り注ぐ。机に手をつかせ、屈辱的な仕草を模倣させる。
「もっと声出せ。そうやって喘いでたんだろ?」
「いやらしい顔してんな。おい、誰か動画撮っとけよ」
羞恥で皮膚が焼けるようだ。息が喉で引っかかり、言葉が歪む。
だが止めれば次に日下部が狙われる。その恐怖が、遥の身体を縛りつける。
彼は従うしかない。
その惨めな姿は、加害者たちにとって格好の玩具。
否定するたびに「本当は好きなんだろ?」と笑いが浴びせられ、肯定すれば「やっぱりな!」と歓声が上がる。どちらに転んでも逃げ場はない。
――遥の自己犠牲は、またも裏目に出た。
守るために差し出した自分の秘密が、逆に嗜虐の材料にされる。
それを見て笑う者の目に、日下部の姿が重ねられていく。
遥は知っている。
どれほど自分を削っても、日下部を守れる保証はどこにもない。
だがやめられない。
守りたいと願うほどに、自らが彼を巻き込む毒となっていく――。
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