テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
もち
12,637
3,840
#澪彩文庫本💜🖌
昼休みのチャイムが鳴る。
その音を聞いた瞬間、教室中が一斉に動き出した。
椅子を引く音。
笑い声。
弁当を広げる音。
購買へ走る足音。
遥は動かなかった。
正確には、動けなかった。
午前中ずっと張りつめていた神経が切れずに残っている。
無音。
視線。
机の中の紙。
廊下。
床。
全部がまだ頭の中に残っていた。
ぼんやりと窓の外を見る。
グラウンド。
青空。
サッカー部。
遠い。
まるで別世界だった。
そのとき。
ふと。
視線が教室の入口へ向く。
無意識だった。
本当に。
何かを探そうとしたわけじゃない。
けれど。
見た。
そして。
いなかった。
日下部の席が空いている。
それだけだった。
それだけのはずなのに。
胸の奥が少しだけざわつく。
遥は眉をひそめた。
(……何だよ)
意味が分からない。
いないならいないでいい。
別に。
いつもそうだ。
友達でもない。
毎日一緒にいるわけでもない。
なのに。
もう一度だけ入口を見る。
そして自分で嫌になる。
(馬鹿か)
視線を落とす。
そのタイミングで女子が近づいてきた。
「遥」
呼ばれる。
嫌な予感しかしない。
「購買」
紙を渡される。
メモ。
長い。
やたら長い。
「これ全部」
「……多くね?」
思わず出た。
女子が目を細める。
「嫌なの?」
その一言で終わる。
嫌と言ったら終わる。
だから遥は紙を受け取った。
「……分かった」
教室を出る。
廊下を歩く。
人混み。
肩がぶつかる。
痛い。
けれど気にしない。
気にしたら歩けなくなる。
購買へ着く。
列に並ぶ。
待つ。
買う。
また並ぶ。
買う。
その繰り返し。
気づけば両腕が塞がっていた。
袋。
パン。
飲み物。
紙パック。
重い。
かなり重い。
持ち直そうとした瞬間。
「何やってんだ」
声が落ちてきた。
遥の身体が一瞬止まる。
顔を上げる。
日下部だった。
その瞬間。
自分でも分かるくらい肩の力が抜けた。
ほんの少し。
本当に少しだけ。
安心した。
その事実に。
遥自身が気づいていない。
「別に」
反射でそう言う。
日下部は袋を見る。
遥を見る。
もう一回袋を見る。
「嘘つけ」
そして当然みたいに半分持った。
「返せ」
「嫌だ」
「なんで」
「持てるから」
「意味分かんねぇ」
「俺も分かんねぇ」
日下部は笑った。
遥は少しだけ目を細める。
笑うなよ。
そう思う。
でも。
少しだけ。
その声を聞いているのが楽だった。
二人で歩く。
人混みの中。
誰かと並んで歩くこと自体、遥にはあまりない。
まして。
気を使わなくていい相手なんて。
「お前さ」
日下部が言う。
「最近ちゃんと寝てるか」
遥は顔をしかめる。
「なんだよ急に」
「顔」
「顔?」
「死にそう」
即答だった。
遥は思わず吹き出しかける。
吹き出しかけて。
止まる。
笑うのも久しぶりだった。
そのことに気づいてしまったから。
「失礼だろ」
「事実」
「失礼だろ」
「事実」
同じやり取り。
馬鹿みたいな会話。
なのに。
少しだけ胸が軽い。
少しだけ。
本当に少しだけ。
息がしやすい。
教室の前まで戻る。
その瞬間。
遥の肩がまた固くなる。
ドアの向こうにはクラスがある。
視線がある。
空気がある。
評価がある。
それが分かっているから。
無意識だった。
本当に無意識だった。
教室へ入る直前。
ほんの少しだけ。
日下部の制服の袖を見た。
この間。
階段で掴んだ場所。
自分でも意味が分からない。
ただ。
今この瞬間だけ。
扉を開けたくなかった。
戻りたくなかった。
あと数秒だけ。
ここにいたかった。
「遥?」
日下部の声。
はっとする。
遥は視線を逸らした。
「……何でもねぇ」
教室へ入る。
いつもの席へ向かう。
机に座る。
周囲の声が聞こえる。
笑い声も。
視線も。
全部ある。
でも。
さっきまでと少し違った。
机に頬杖をつく。
窓を見る。
そして。
また無意識に。
視界の端へ日下部を探してしまう。
いる。
席にいる。
友達と話している。
それを確認した瞬間。
胸の奥のざわつきが少し静かになった。
理由は分からない。
分かりたくもない。
ただ。
遥はまだ気づいていなかった。
学校で一番苦しい場所の中で。
自分が一番探してしまう人が、
いつの間にか日下部になり始めていることに。
コメント
1件
うわあああ第94話、読み終わったよ…!!😭💕 遥の“動けない”ところから始まる感じ、もう心臓ぎゅってなった…。購買でいっぱい頼まれてるシーン、あれだけでクラスでの立ち位置が透けて見えるようで辛すぎた。でもそこに突然現れる日下部くん。「嘘つけ」って半分持ってくれるの、良すぎんだろ…!しかも「寝てるか」「死にそう」ってサラッと言っちゃう距離感、尊すぎて倒れるかと思った。 教室の前で足が止まる遥、無意識に袖を見ちゃうところ、最後に日下部を探してしまうところ…全部がじわじわ効く。まだ気づいてないけどもう気づき始めてる感じ、たまらん…!!次回も待ってるね、ruruhaさん!🌸