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次に殴られたとき、もう教師は止めなかった。
止める必要がない、という空気が出来上がっていた。
「ほら、またやられてるぞ」
「でも抵抗してないじゃん」
その一言が、免罪符になった。
遥は教室の後ろで、机に押し付けられていた。
腹に拳が入る。肩を掴まれる。背中を蹴られる。
力は強くも弱くもなく、“日常の範囲”だった。
(反撃したら、俺が“ケンカした側”になる)
それを、もう身体が覚えていた。
「嫌ならやめろって言えば?」
「言わないってことは、いいんでしょ」
誰かがそう言った瞬間、周囲が笑った。
“納得できる説明”が与えられたからだ。
遥は声を出さなかった。
出せなかったのではない。
出しても、通じないと知っているだけだ。
「なあ、同意ってやつ?」
「黙認は了承って先生も言ってたし」
教師は黒板に向かったまま、振り返らない。
だが、聞こえていないふりはしなかった。
「……大げさにしなければ問題は起きない」
それは制止ではなく、条件提示だった。
“騒がなければ続けていい”。
遥の腕を掴んだ手が、指の位置を変える。
制服の布越しに、無遠慮に触れられる。
「ほら、嫌そうじゃない」
「力入ってないもんな」
(動かないのは……動けないからだ)
だが、その理由は誰も必要としていない。
昼休み、遥は廊下に立たされた。
理由は「授業の妨害になりそうだから」。
通りすがりの生徒が、遠慮なく言葉を投げる。
「まだ生きてる?」
「今日も受け身上手だね」
肩を叩かれる。
背中を押される。
倒れそうになっても、誰も“暴力”とは呼ばない。
「抵抗してないでしょ?」
「自分から来てるようなもんじゃん」
その論理は、もう完成していた。
放課後、教師に呼び止められる。
「お前な、周りが触ってくるの、嫌なんだったら態度を変えろ。
何も言わない、何もしない。そういうのを“受け入れてる”って言うんだ」
遥はうなずいた。
うなずくしかなかった。
「ほら、分かってる」
教師は満足そうだった。
理解した生徒。扱いやすい問題。
(……俺が、悪いんだ)
そう思わないと、耐えられない。
自分が悪いなら、世界は正しいままでいられる。
帰り際、誰かがわざと肩をぶつけてきた。
「同意、ありがと」
遥はよろめいたが、何も言わなかった。
言わないことが、ここでは“肯定”になる。
その日の終わり、遥は気づいた。
殴られることより、
触られることより、
一番きついのは――
何も抵抗しない自分が、“許可を出している存在”に書き換えられていくことだった。
そして、それを否定する言葉を、
遥はもう持っていなかった。