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その生徒が、どうして相談室に来たのか、遥にはすぐにわかった。 無言でドアを開けたときの目、机の角に指をぶつけて睨む癖、椅子に座るときに机を蹴るように引く手――全部、見覚えがあった。
「……何の冗談だよ」
思わず口に出ていた。
男は鼻で笑って、足を組み、遠慮なくカーテンを閉めた。
「俺が来ちゃ悪いわけ?」
遥は無言で、机の上に置かれた名札のような「相談受付中」という札に視線を落とす。
こういう場合、誰に言えばいいのか。生徒指導? 教員? けど――
「なあ、あんたって……さ、俺のこと嫌いでしょ?」
不意打ちのような言葉だった。
遥は口元を指で押さえながら、視線を外した。
「……お前が俺に何をしてきたか、知ってて来たんだよな?」
「うん。知ってる。ていうか、今日もぶっちゃけ――蹴ったしね。悪かったと思ってない」
遥は目を細める。
思ってないなら、なぜ来た。
「でも……何かさ、気持ち悪いんだよ。あんたって。いじめても、壊れないじゃん」
「壊れてるよ」
静かに言った遥の声が、かすかに震えていた。
男は口をつぐみ、視線を落とす。
「なあ……俺、たぶんさ、家で怒鳴られて育ったんだよ。知らねえけど。覚えてねーけど。いつからか、人の顔をゆがめるのが好きになってた。うまくやれてる気がした。でもさ、あんたの顔だけは変わんねえの。殴っても、蹴っても、目をそらさないし」
「そらすよ。……ただ、それだけじゃ、終わらないってだけ」
「……なんであんた、生きてんの?」
遥はしばらく答えなかった。
「……それ、俺もよく考える」
「……!」
「生きてる理由なんか、別にない。でも、死ぬ理由にしてほしくないやつがいる。それだけ。そいつが泣くのも、嫌なんだよ。……お前みたいなやつのせいで、そいつが泣いたら、殺したくなる」
その声には、抑えた怒りが混じっていた。
相談室は静まり返る。
男は笑うことも、挑発することもできず、机の木目を見つめていた。
「……なあ。お前、家に帰ってんの?」
「帰ってるよ。地獄に」
「……そっか」
遥はゆっくりと立ち上がり、棚から紙コップを取り出し、水を入れて戻ってきた。
無言でそれを机に置くと、男は小さくため息をついた。
「来てよかったのか、わかんねえけど……あんたの目、マジでやばいよ」
「お前のほうが、だいぶ壊れてるけどな」
「……直る?」
「知らない。でも、壊したままにするかどうかは、自分で決めろよ」