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“いかせて”
ただそれだけが、切り抜かれていた。
音声。字幕。スロー再生。再構成された断片が、あたかも“本性”であるかのように扱われていた。
初めは、廊下の雑談に紛れていた。
「いや、マジで言ってたじゃん、“いかせて”って」
「うん。しかも、声……あれガチだったよな」
「てかさ、アレ、バズってんの身内だけなの、もったいなくない?」
笑い声。小声のつもりの嘲笑。
悠翔は、耳が敏感すぎるくらいに、そのトーンの違いを聞き分けてしまう。
(全部、聞こえてる)
講義室に入る。誰もこちらを見ていない──はずなのに、目線が刺さっている。
スマホを逆さにして置いている者。
ポケットの中で、録音を止める者。
後ろの席から、カメラのシャッター音に似た気配がする。
「……」
教授の声が遠い。文字だけが板書として視界に入ってくるが、意味を成さない。
前の席の男子が、ふと振り向く。
目が合った瞬間、にやけた唇が動く──声にはならない。
ただ口だけで「い・か・せ・て」と繰り返すのが、悠翔にははっきりと読めた。
顔を逸らすのが遅れた。
何かを言われたわけではない。殴られたわけでもない。
だが、悠翔の体はじんわりと冷たくなっていく。
皮膚が、粘膜のように脆くなっていく。
何を着ていても、どこを歩いても、見られていることから逃げられない。
「……やっぱさ、そういうの、好きなんでしょ?」
「今度、直接言ってくれたら“叶えてあげる”よ」
エレベーター内。扉が閉まる直前、誰かが言った。
誰だかは分からない。だが、その場にいた四人全員が、言える顔をしていた。
意味なんて、関係ない。ただ『言った』という事実だけが、一人歩きする。
夜。アパートに戻っても、カーテンを開けることができない。
閉じたはずの窓が、なぜか風の音を漏らす。
録音された声が、再生される──頭の中で。
自分の声。潰されて、震えて、掠れて、にじんで。
「……俺、ほんとに……そうだったのか?」
言ったことは確かだ。
けれど、それは、そんな意味ではなかった。
でも、“そう聞こえた”というだけで、他人にとっては真実になった。
だからもう、否定すればするほど浅ましい。
口をつぐめばつぐむほど、「やっぱりそうなんだ」と笑われる。
気づかれないように、生きようとしたのに。
次第に、誰も“見て見ぬふり”をしなくなってくる。
机の上に見知らぬチラシ。「撮影モデル募集」の名刺が置かれている。
ロッカーに、印刷されたスクリーンショット──“いかせて”の字幕入り。
メールに送られてくる「匿名の動画提供者様へ」と書かれた文面。
すべて、暴力とは呼べないように、けれど確実に悠翔を削っていく。
しずまる@Sくんに卒業式告白!
のまめ
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コメント
1件
いや、これ……読んでて胸がぎゅっとなったわ。 「いかせて」の一言が切り取られて、本人の意図とは関係なくひとり歩きする感じ、すごくリアルで怖かった。廊下の雑談、講義室の目線、エレベーターの台詞——どれも「暴力じゃない」のに確実に削ってくるところがえぐい。悠翔の感覚に引きずられるような描写、めちゃくちゃ刺さった。続き、どうなっちゃうんだろう……でも読みたい🔥