その後秋子は順調に回復していった。
リハビリを頑張ったおかげで歩行機能はすぐに戻った。そして食欲もすっかり回復し、出された食事はペロリと平らげる。
「病院は上げ膳据え膳で楽でいいわよねぇ」
などと言う余裕も出ていた。
そんな秋子の元へは江藤が毎日甲斐甲斐しく通い続ける。
本来ならばもうとっくに東京へ帰っているはずなの江藤は、ホテルに宿泊して毎日秋子の見舞いに来ていた。
「ホテル代が馬鹿にならないから早く帰りなさいよ」
秋子は何度も言ったが江藤は聞く耳を持たない。江藤は秋子が退院するまで岩見沢にいると決めたようだ。
そんな江藤を見た秋子はとうとう根負けする。
「どうしても私が退院するまでここにいるっていうなら、うちに泊まって下さいな。ホテル代が勿体ないわ」
「いいのかい?」
「いいも悪いもないでしょう? 本当にあなたは困った人ねぇ」
秋子は呆れたように言ったがその顔は喜びに溢れていた。
そこで瑠璃子が言った。
「だったら大石家の鍵を取ってきますね。江藤さんが傍にいて下さるなら安心だからあとはお任せします」
そして瑠璃子は鍵を取ってきて江藤に渡した。
「私は向かいのマンションに住んでいるので、何か困った事があればいつでも声をかけて下さい」
瑠璃子は鍵と共に自分の住所と電話番号を書いたメモを江藤に渡した。
「ありがとうございます。本当に何から何までお世話になって」
「本当に瑠璃子さん、色々とありがとうございました」
二人が同時に頭を下げる様子を見て瑠璃子は笑いながら言った。
「なんだかお二人とも長年連れ添ったご夫婦みたいですね」
すると今度は江藤が微笑んで言った。
「ハハハ、この人との付き合いはかなり長いんで、亡き妻の事よりも詳しいかもしれませんよ」
「あらやだわ」
そこで三人の笑い声が響く。
嬉しそうに微笑む秋子に向かって瑠璃子はそっと耳打ちした。
「これからは素敵な彼氏にいっぱい甘えて下さいね」
「瑠璃子さん、ありがとう」
秋子は少し潤んだ瞳で瑠璃子に礼を言った。
翌日、瑠璃子は病院へ向かう車の中で大輔に二人の事を話した。秋子の片想いの相手が江藤だった事、そして江藤は秋子が退院するまで岩見沢に残るという事も話した。
それを聞いた大輔はこう言った。
「ある程度年齢を重ねていても、互いに思い合っているなら一緒にいてもいいんじゃないかな。今は100歳まで生きられる時代なんだし、二人の想い出を築き上げる時間はまだ充分いっぱいあると思うしね」
「そうですよね、お二人はまだお若いですもん。それに私『そっと見守るだけの愛』が成就した瞬間をこの目で見る事が出来てすごく幸せです」
「うん、良かったね」
そこで二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「そう言えばバレンタインのシフトはどうなりそう?」
「私はその日お誕生日なので優先的に休みがもらえますが、先生はどうですか?」
「その日は夜勤明けになっちゃったよ。でも仮眠を取ったら出られるから夜は外で一緒に食べよう。レストランを予約しておくよ」
「夜勤明けなら無理しなくてもまた別の日にでも……」
「大丈夫だよ。夜出かける準備をしておいて」
「わかりました」
瑠璃子は恐縮しつつ、心の底では嬉しかった。
そして次の週、いよいよ秋子が退院の日を迎えた。もちろん秋子の傍には江藤が付き添っている。
瑠璃子がエレベーターの前で二人を見送っているとちょうど大輔が通りかかった。
「大石さん、退院おめでとうございます」
「岸本先生、今まで色々とお世話になりありがとうございました。先生に救っていただいたお命、大切にしますね」
秋子と江藤は大輔に向かってお辞儀をする。
そして江藤が大輔に言った。
「私はしばらく岩見沢に残って彼女の体力が戻るまでサポートする事にしました。元々家事や料理は得意なので、落ち着いたら腕を振るいますから是非瑠璃子さんと一緒に食べに来て下さい」
「ありがとうございます。楽しみにしています。あ、それと僕は江藤さんの絵をいつか拝見したいですね」
「ハハッ、今は手元にはありませんが移住したら是非お見せしますよ」
その言葉に大輔と瑠璃子は驚いて顔を見合わせる。
「いやね……僕はすっかり北海道の大自然に魅せられてしまいました。だから春辺りに本格的にこちらへ移住しようと思います。僕は元々風景画家なので、余生は北海道の大自然をテーマに描いていく事にしました」
「そうですか! それは大歓迎です。お待ちしていますよ」
大輔は江藤と固い握手を交わす。
瑠璃子はびっくりしたまま秋子の傍へ近付きコソッと呟く。
「いつの間にそんな事に?」
「そう、びっくりでしょう? なんだかすごい事になっちゃったわ」
秋子は笑っている。その笑顔は少し照れているようにも見えた。
それから二人はエレベーターに乗り病棟を後にした。
二人がいなくなると瑠璃子が呟く。
「なんだか素敵な映画を観終えた後の余韻のようだわ」
「本当だね。あの二人を見ていると歳を取るのも悪くないと思えてきたよ」
そこで二人は見つめ合ってフフッと微笑む。
「じゃあ先生また!」
「うん」
二人は軽く手を挙げると、笑顔を浮かべながらそれぞれの持ち場へ戻って行った。
コメント
8件
これぞまさに赤い糸ですね☝️きっと江藤さんは初めから移住のことも視野に入れてたのでは⁉️ そして秋子さんも偶然の出来事ながら気持ちもあって受け入れたんだろうな😊💕 見守る愛と大人の恋愛を間近で見た瑠璃ちゃんと大輔さんは感無量だね✨
はぁ~~😌💓 江藤さんと秋子さんのお二人も、ホントに素敵な関係です✨ 長い年月をかけて培った、かけがえのない信頼関係を、またこれからの時間で、愛情も加わり、揺るぎないものになりますね😉💕 あー、北海道に行きたくなりました~~😆
余生を共に過ごす選択をされた 江藤さんと 秋子さん.... 素敵です✨ 二人共 これからもお元気で、お幸せに....🍀