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その頃、花田証券の株式課・トレーディング部では、夏帆の元彼・伊坂駿介が、目の前に並んだマルチモニターを睨みつけながら渋い顔をしていた。
(くそっ……戦争終結なんて聞いてないぞ! 俺の分析じゃ、まだしばらく続くはずだったのに)
胸の内で毒づきながら、さらに思う。
(今月の成績、マジでやばい。損切り続きで、そろそろ呼び出し食らうかも……)
悔しさを持て余した駿介は、苛立ちまぎれに頭を掻きむしった。
そこへ、後輩トレーダーが声を張り上げる。
「先輩! 早く切らないと危ないですよ。これ以上上がる見込みはないですから!」
「わかってるよっ!」
駿介は吐き捨てるように返した。
そのとき、上司が近づいてきて声をかける。
「おい、早く切れ! 切らないと強制決済だぞ!」
「わ、分かってます。今切ります」
駿介は惜しむように、保有していたポジションすべてを損切りした。
このポジションは、少し前までは膨大な含み益を持っていた。
トレード中、アドレナリンとテストストテロンに支配されがちな駿介は、さらにイライラを募らせていた。
その様子を見た上司が、心配そうに口を開いた。
「最近、調子悪そうだな。何かあったのか?」
「い、いえ……別に……」
「損切り続きじゃないか。エースの伊坂らしくないぞ。少し休んだらどうだ?」
「だ、大丈夫です」
「いや、今日はもう帰って休め。明日から三日間、のんびりしてこい」
上司はそう言って駿介の肩を軽く叩き、その場を離れた。
言い渡された三日間の“休養”――それは実質、謹慎に近い。
トレードで失敗が続く者に与えられる、精神状態の立て直しを目的とした措置だ。
これが何度も続けば、最悪の場合トレーダー職から外されることもある。
駿介はトレーダーとしての自負が強く、それだけは絶対に避けたかった。、
(ちっ……。今さら事務方や営業職なんかに行けるかよ)
トレーダー以外の職を見下していた彼は、心の中で毒づいた。
そしてふと気づく。
成績が落ち始めたのは、ちょうど一か月前――夏帆と別れ、結城紗英と正式に付き合い始めてからだ。
あのころは、社内一人気者で、一回りも年下の紗英を手に入れた喜びで浮かれていた。
もちろん、仕事も今まで以上に頑張ろうと意気込んでいた。
(たった一ヶ月で、俺はどうしてこんなに落ちぶれたんだ……)
駿介は原因を探り始める。
この一か月で変わったことといえば、紗英が合い鍵を使って頻繁に部屋へ来るようになったことだ。
夜勤明けには、紗英が豪華で流行りの“映える料理”を用意して待っていてくれた。
だが、睡眠不足で胃が疲れている駿介には重すぎるメニューばかりだった。
付き合い始めで断りづらく、無理して完食していた。
(あれで胃腸の調子が崩れて、集中力も落ちた気がする……)
手料理のお礼に、紗英の望むことは何でもしてきた。
テーマパークやアウトレットへのドライブ、一流ホテルでの食事――気づけば休日に休む暇もなかった。
(紗英と付き合い始めてから、全部おかしくなったんだ……)
ようやく駿介は気づいた。
そして、夏帆と付き合っていたころを思い返す。
夏帆は、駿介の夜勤明けには家に来なかった。
ゆっくり寝かせようと気遣ってくれていたのだろう。
たまに作ってくれる食事も、消化の良いバランスのとれたものばかりだった。
紗英とは正反対だ。
(そうか……夏帆が物足りないと思っていたのは俺の勘違いで、彼女は俺のことをただ気遣ってくれてただけなのか)
別れて初めて、夏帆の優しさに気づいた。
(くそ……今さら気づくなんて、俺は本当に馬鹿だ)
肩を落とした駿介は、荷物をまとめ、のろのろと席を立った。
その頃、透也のいるファンドでは、歓声が飛び交っていた。
「中条さん、やりましたね。花田の連中、今ごろ悔し涙ですよ!」
「派手に下がりましたからね~。損害額は、相当でしょう」
「それにしても、今日のトレード、今年最高益じゃないですか?」
部下たちの言葉に、透也は満足げに微笑む。
「みんな、よく頑張ってくれたな。ありがとう」
CEOからの直接の労いに、社員たちは嬉しそうに顔をほころばせた。
「よし、誰かピザ買ってこい。あそこの店、たしか24時間営業だったよな? それとコンビニで酒も。祝杯をあげようじゃないか」
「さすが中条さん! 話が早い!」
「じゃあ俺、コンビニ行ってきます。誰かピザ屋に電話しといて!」
「オッケー!」
勝ちトレードを終えたオフィス内は、社員たちの明るい声が賑やかに飛び交っていた。
その頃、入浴を済ませた夏帆は、髪をバスタオルで拭きながらテレビをつけた。
ちょうど夜の経済番組が始まったところだ。
「ここで速報です。アメリカ大統領の戦争終結宣言を受け、軍事企業ホワイトテクノロジーズの株価が大暴落しました。その際、日本の大手ファンド“Transparent Investment”が巨額の利益を得たとの情報がリークされています。すごいですねぇ」
「本当ですねえ。あの会社はたしか、感染症騒ぎのときも、かなりの利益を得ていたはずですよ……」
二人のアナウンサーは、驚きを隠せない様子で言葉を交わしている。
(“Transparent Investment”? あれ? どこかで聞いたような……)
夏帆は首を傾げたが、特に気に留めることもなく冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
そして、ベランダに出て秋の夜風を浴びながらビールを一口飲んだ。
「ああ~、最高! 秋の月を眺めながら飲むビールは美味いなぁ~、ぷはぁ~」
透也や駿介の攻防など露ほども知らず、夏帆はひとり、穏やかな秋の夜を楽しんでいた。
コメント
12件
先々までよく見ている透也さんと 目先だけしか見てない駿介では差が歴然ですね 早く駿介に見切りをつけた夏帆ちゃん 厄病神から逃れてスッキリと新しい生活を満喫出来て良かったね 秋風に吹かれて飲むビール🍺美味しそう あとはお隣さんとどうやって仲良くなるのか 楽しみです😊
あ〜あ😅 人を見る目がないなぁ〜駿介は…💧 でも、今さら後悔しても遅いよ! そのうちトレーダーのポストから下ろされ、、若い今カノにも捨てられる運命でしょう…😁
昔で言うアゲマン、サゲマン😂😂今更夏帆ちゃんとなんて思うよな😂そして、調子こいて一回り下とお付き合いし浮かれポンチ😖胃袋もお身体も一回り下は違いますよ😂😂あなたのほうが早く老化😅😅