テラーノベル
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教室の隅、窓際の席に沈むように座った遥の指先が、机の縁をじりじりと擦っていた。鉛筆の芯で傷つけるように、目立たない反抗の跡を刻む。日下部が近づく音に気づいていても、遥は顔を上げなかった。あえて。
「……なにしてんの」
いつものように静かな声だったが、少しだけ間があった。気づいている。遥が何かを仕掛けようとしているのを。
遥はわざとらしく笑った。
「べつに。ヒマだから壊してるだけ」
「何を」
「全部」
冗談みたいに言って、けれどその声は冗談にならないほど乾いていた。日下部は隣の席に腰を下ろす。視線を外したままの遥を見ずに、ただ一緒にその沈黙に座った。
遥の肩がわずかに震えていた。怒っているのでも、泣いているのでもない。自分でもよくわかっていない感情が、呼吸の奥で燻っている。
「さっさと引けばいいのに」
それは遥自身に向けた言葉だった。けれど、投げた先に誰かがいることを、遥はどこかで期待していた。
日下部は何も返さなかった。ただ、しばらく沈黙してから机の上の傷に目を落とした。
「壊すなら、ちゃんと理由がいる」
「意味なんてないよ」
「……じゃあ、意味をつけてやる」
その言葉に、遥は初めて視線を向けた。ふてくされたような、でもどこかで必死に答えを探すような瞳で。
「そんなの、勝手じゃん」
「勝手でいい。勝手でも、意味があるって思わせるだけで違う」
遥の喉が詰まる。
壊すことも、試すことも、全部無意識だった。でも、それを「受け止める」という言葉で処理されることに、遥は腹の底が泡立つような怒りを覚えると同時に、どうしようもない安堵を感じていた。
だから、次はもっと壊してみようと思った。
こいつが、どこまでそれを受け止めてくれるのか。
それとも、もう二度と見たくない目をされるのか。
自分を壊すことでしか信じられないものを、遥は手探りで探そうとしていた。
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