テラーノベル
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廊下に二人きりだった。窓の外、赤く染まった空を背に、遥は立ち止まって、何も言わず日下部の顔を見つめた。
「……もうさ、怒ってくれた方がいいのに」
不意に、遥の口からこぼれた。声音には棘がない。投げやりで、けれどどこか必死だった。
「なんで、何も言わないの? 俺、全部ぶっ壊したかもしれないのに」
日下部は返さなかった。ただ、遥の目を見ていた。曇った空のような眼差し。怒っているのでも、呆れているのでもなかった。
「なあ、日下部。……俺さ、他のやつに、触られてたらどうする?」
唐突だった。言葉の刃を研ぐように、遥は視線を逸らし、息を詰める。
「好きにすれば、って思う? それとも、……もう俺のこと、信じられなくなる?」
「……そんなこと、聞いてどうする」
日下部の声は静かだった。
「答えて」
遥は縋るように、けれどそれを打ち消すように、顔をしかめて笑った。
「試してんの、俺。たぶん。最低でしょ。最低なことしてんの、自分でも分かってる。だけど――」
叫ぶように、遥は日下部の胸を一度、平手で叩いた。
「怒れよ……っ、俺がどんなに……お前を、試しても……それでも怒んないなら……俺、ほんとに壊れるってば」
その言葉が、どこまで本気だったのか。遥自身にも分からなかった。ただ、何かが崩れていく音だけが胸の奥で響いていた。
「遥」
日下部はそのまま、遥の手を取った。
「……怒るよ。お前が、自分を捨てるなら。怒るし、殴ってでも止める。でも、お前を捨てたりしない。俺は、そんなんでお前から逃げたりしない」
遥は目を見開き、そのまま言葉を失った。そんなふうに受け止められたことなんて、なかった。
それが怖かった。だから――壊したくなった。
次に遥が選ぶのは、「壊しきってしまう」行動だった。
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