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机と椅子が中心に引きずり出され、教室の空気は歪んでいた。午前の授業が終わったばかりの昼休み。カーテンも締め切られ、いつものように担任は姿を消している。 全員がそこにいるはずなのに、息の音ひとつなく、静まり返っていた。
「ねえ、遥……今日こそちゃんと“反省”してくれるよね?」
女子のひとりが、まるで笑顔で促すように声を上げる。教壇近くの一角、そこに立たされた遥は、顔を伏せたまま動かない。
「昨日の“声出し”、中途半端だったからなあ」
「全然心がこもってなかったよね? “ごめんなさい”とか、“俺が悪いです”とか、もっと大きな声でって言ったじゃん」
「……」
「今日は、さ。ちょっと、ハードル上げてみない? みんなの前で、“死にたい”って言ってもらうの」
静けさが一瞬、沈殿する。
そして、誰かがクク、と笑った。それが引き金になり、数人の生徒が調子を合わせて笑い始めた。教室がゆっくりと歪んでいくような感覚。遥の足元の床だけが、抜け落ちるように冷たい。
「ほら、ちゃんと。言って。今度こそ本気で“反省”してよ」
「……」
遥は、喉の奥で息を詰まらせた。言葉にならない声が、唇の間で凍りついている。言えば、楽になるのかもしれない。言えば、終わるのかもしれない――そんなわけない。終わることなんて、ない。
日下部が、じっとその輪の中を見つめていた。手を握り締めたまま、一言も発しない。視線が鋭く揺れているが、足は動かない。遥に近づくことも、止めることもできず、ただ立ち尽くしていた。
「早くー。ねえ、何黙ってんの? それともほんとは、言いたいんじゃないの?」
「……」
遥は、震えるように口を開いた。
「……おれ、なんか……」
誰かが期待を込めた目で、身を乗り出す。
「いらない……って思ってる……ずっと、そう思ってた……」
「もっと!」
背後から誰かが机を蹴る音が響く。
「……し、死に……たい……です」
教室の空気が一瞬、しんと静まり返った。誰かが小さく拍手をして、嘲笑がまた、そこかしこから湧きあがった。
日下部が、動いた。
無言で、遥のそばまで歩く。そして、ゆっくりと自分の上着を脱ぎ、遥の肩にかけた。遥が驚いたように顔を上げるが、日下部は一切目を合わせなかった。代わりに、クラス全体に向かって静かに視線を投げる。
「……おまえら、ほんとくだらねえよ」
声は小さかったが、はっきりと聞こえた。
その瞬間、空気がひび割れた。