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白いノートを前に、遥は動けなかった。
「家族について」
その文字は、
殴られるよりも正確に、遥の呼吸を奪った。
先生は淡々と言う。
「正直に書いていいです。ただし、
人を傷つける表現は避けましょう」
“正直”と“避けましょう”が、同じ口で語られる。
(どこまでが正直で、どこからがダメなんだよ)
書けない理由を、誰にも説明できない。
説明しようとした瞬間、
「大げさ」
「被害妄想」
「家庭のことを学校に持ち込むな」
そう言われる未来が、もう見えている。
周囲の音が刺さる。
「うちの親、厳しいけどさ」
「でも感謝してるよね」
「怒られるのも愛情じゃん」
――その“共通認識”から外れている時点で、
遥はもう浮いていた。
(俺が間違ってるんだ)
ノートに書かれた文章は、
事実ではなく、正解に寄せた嘘だった。
それでも提出後、先生は言う。
「もう少し具体的に書けるといいね」
「抽象的すぎる。逃げてる感じがする」
逃げている。
その言葉が、遥の中で何度も反響した。
(逃げてるのは……俺か)
(耐えられない俺が、弱いだけか)
評価欄には、赤で小さく。
「△ 向き合いましょう」
向き合う――
それは遥にとって、
殴られに行けと言われているのと同じ意味だった。
放課後、廊下の掲示板に
「優秀作文例」が貼り出される。
そこに自分の名前はない。
だが、それでほっとしてしまった自分に、
さらに嫌悪が重なる。
(載らなくて安心するなんて……)
(俺はどこまで卑怯なんだ)
家でも、学校でも、
遥は同じ役を演じている。
怒らせないために、正解を探す役。
殴られないために、黙る役。
責められないために、自分を悪く書く役。
攻撃はしない。
できない。
その代わり、
すべてが内側に向かう。
(俺が悪い)
(俺が足りない)
(俺が間違ってる)
学校は逃げ道を塞ぐ言葉だけ、正確に使ってくる。