テラーノベル
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「……じゃあ、俺にするか?」
蓮司は、あくまで冗談のように、それでも目だけは冗談の色を捨てて、そう言った。
放課後の薄暗い教室。すでに誰もいない。戸締まりも終わったこの時間に、遥はふらりと戻ってきた。誰も探しにこないとわかっているこの場所に、まるで自分から獣の檻に足を踏み入れるように。
「……いいよ」
遥は小さく答えた。自分の声が自分のものではないようだった。
本当は、日下部がよかった。本当は、好きな人に触れてほしかった。何もいらないから、ただ――
ただ、たしかめたかった。「好き」って、なんなのか。「いらない」って、ほんとうに言えるのか。
でも日下部は、触れてくれなかった。
――どこまでやれば、愛されないって、わかるの?
遥は、愛されたいと願った。でも、同じくらいに壊れたかった。
望まない体温に包まれたとき、自分がどれだけ冷たくなるのか、確かめたかった。
蓮司は笑っていた。遥が「いい」と言ったその一瞬だけ、少しだけ表情を崩したが、それもすぐに戻った。
「へえ、本当に言うとは思わなかったよ。まぁ、試すんなら……俺は相手に向いてるよな」
蓮司は椅子を引いて、何気なく腰をかけた。遥の方を見ず、窓の外を見ている。
「で、どうするの? ここでやる? それとも、どっか場所移す?」
「……どこでも、いい」
蓮司の目が、遥を見た。少しだけ、笑っていなかった。けれどそれは、憐れみではなかった。
ただの観察だった。落ちていく誰かを見下ろす、余裕と、距離。
「日下部、気づいてると思うよ。お前が今日、俺に抱かれに来るってことも。……あいつ、そういうとこ、無駄に鋭いから」
遥は何も言わなかった。もう、言葉を手放していた。
蓮司は立ち上がり、教室の扉を閉めた。その音が、まるで終わりの鐘のように響いた。
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