話が一段落した所で、優子が雪子に声をかけた。
「雪子!」
優子はこっちに来てと手を振った。
それと同時に俊が驚いた顔をして雪子を振り返る。
雪子は席を立って三人がいる方へ向かった。
「おはよう。コーヒースクールは、この店の講座だったんだね」
「おはようございます。はい。実は優子とは幼馴染なんです」
「それはまた凄い偶然だな。私が昨日話した辻堂にいる親友っていうのは修の事なんですよ」
俊は修をちらっと見て言った。
すると、修だけが不思議そうな顔できょとんとしている。
「なんだよ、二人は知り合いだったのか?」
「ああ、ちょっとしたきっかけから友達になったんだ」
俊はそう言って笑った。
雪子は優子の方を見て声を出さずに唇だけ動かす。
『知ってたの?』
すると優子は、茶目っ気たっぷりの笑顔で両手を合わせて、
『ごめんっ!』
と言ったので、雪子は、
『もうっ!』
と頬を膨らませる。
それからハッとして聞いた。
「もしかして、新しい受講生って、一ノ瀬さんですか?」
すると修が笑いながら言った。
「雪子ちゃんそれはないよ。だってこいつ飲食のプロだろう? 俺なんかが講師じゃあ恐縮しちゃうよぉー」
「いやぁ修先生のコーヒーはピカイチだから、もう一回イチから学ばせてもらおうかなぁ?」
と、俊がわざとらしく言ったのを聞いて修が笑う。
「冗談やめてくれよぉ。お前がいたらやり辛い。お前はここでモーニングでも食ってろ!」
そう言って、カウンター席に座るよう椅子を引いた。
そんな二人の仲良さそうな様子を見て、雪子と優子はフフッと笑う。
雪子は、俊が修の親友だと知り俊に対する警戒心が一気に溶けていくような気がした。
(……という事は、15年前に修さんが私に紹介しようとしたのは、一ノ瀬さんの事だったの?)
雪子はその時気づいた。
「じゃあ時間になったので、そろそろスクールの方を始めましょう」
修の言葉を聞いた雪子は俊に言った。
「じゃあ、行って来ます」
「頑張って」
俊は微笑んで雪子を見送った。
その時、また店のドアが開いた。
皆が一斉にドアの方を見ると、そこには40代前半くらいのとても美しい女性が立っていた。
「あの……スクールを受講しに来た山根と申します」
すると修が、
「いらっしゃい、お待ちしていました。今ちょうど始めるところだったので、奥の空いているお席へどうぞ」
「ありがとうございます」
女性はそう言うと、優雅に微笑んでから奥の席へ向かった。
この日の新しい受講生、山根萌香は43歳、独身。
この店の近くにある父親が所有するマンションで一人暮らしをしていた。
萌香は以前雑誌の読者モデルをした経験があり、スタイル抜群で美しい顔立ちをしていた。
萌香は奥のテーブルへ向かう途中、カウンター席に座る俊に気づく。
その瞬間瞳が輝き始めた。
しかし講習が始まりそうなので諦めたようにため息をつくと、奥の席へ向かった。
萌香は空いている席へ近づくと、
「失礼します」
と言って椅子に座る。
既に着席していた雪子達は、おはようございますと萌香に挨拶を返した。
9時ちょうどになると修がやって来て授業が始まった。
まずは座学からだ。
修の講義は、前半は座学、後半は実習になっている。
最後に店からケーキが出るので、自分で淹れたコーヒーをケーキと共に楽しみながら受講生同士お喋りを楽しめる。
前半の座学では動画投稿サイトの映像を取り入れながら、
コーヒー豆の焙煎の仕方や実際にバリスタがコーヒーを淹れる映像などを見せてくれる。
言葉だけの授業だと分かりづらい部分も、動画で見る事によりイメージが湧きやすい。
雪子は気になるポイントを逐一ノートに取っていった。
今は書きなぐるようなメモだが、これは帰ってからきちんと清書する予定だ。
佐藤と塩崎、そして滝田の三人も同じようにノートを取っていた。
しかし初参加の萌香は、筆記用具も用意せず特にメモを取る様子もなかった。
萌香は修の話にはうわの空で、落ちつかない様子で俊のいるカウンターをチラチラと見ている。
時には退屈そうに欠伸をしたり、ソワソワしたりと、彼女だけがなんとなく場違いな雰囲気だった。
先週までは4人で和気あいあいとした雰囲気だったが、今日は萌香がいるせいで少しぎこちない授業になっている。
萌香は本当にコーヒーについてを学びたいのだろうかと疑問に思うほど、受講者の中ではかなり浮いていた。
それでもなんとか1時間ちょっとの講義が無事に終わった。
そこで修が言った。
「じゃあ、これからコーヒーを実際に淹れてみましょう。今日のコーヒー豆はハワイ島産のコナです。コナの特徴はクリアな酸
味とフルーティーな甘み、そしてまろやかさです。それでは美味しく淹れてみてください」
その掛け声と共に、受講生たちは持って来たエプロンを着けてから、テーブルに置いてあるコーヒー豆を挽き始めた。