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夜のリビングは、ストーブの赤い灯りだけが揺れていた。
真白はその前に座り込み、両手をそっとかざしている。
指先がじんわりと温まっていき、思わず小さな息が漏れた。
「……あったかい」
その背中に気づいたアレクシスが、キッチンから歩いてくる。
コーヒーの香りがふわりと漂ってきて、真白は振り返った。
「熱いから気をつけて」
「ありがとう」
渡されたマグを両手で包み込むと、
その温度がまるで心にも染み込んでいくようだった。
アレクシスは真白の隣に腰を下ろし、同じようにストーブへ手を伸ばした。
「今日は冷えるな」
「うん。外も寒かったけど……部屋も冬になってきた感じする」
アレクシスは少し笑いながら、自分のマグを軽く揺らす。
「冬は空気が乾くからね。ストーブの近くが一番落ち着く」
真白は頷き、少しだけアレクシスの肩にもたれるように、体を寄せる。
アレクシスは驚いたように目を瞬いたが、拒まなかった。
むしろ、自然と肩が触れるくらいの距離に落ち着く。
「あのね」
「うん?」
ストーブの赤い光が、ふたりの影を壁に揺らす。
「アレクの淹れるコーヒーって……なんか、冬に似合うね」
「冬?」
「うん。静かで、ちょっと苦くて、でもあったかい」
その言葉に、アレクシスは視線を落とす。
苦笑とも、照れともつかない、小さな表情。
「君がそう思うなら、嬉しい」
ストーブの熱が近くて、ふたりの距離はさらにゆるく縮まる。
真白は、マグの縁に指を添えながら、アレクシスの横顔をちらりと見た。
「アレクも、寒い?」
「少し」
「じゃあ……これ、使う?」
真白は、使っていたブランケットをアレクシスの膝の上へそっと置いた。
アレクシスは驚いた顔のまま、真白を見る。
「真白は?」
「俺は、アレクの隣だと……わりと、あったかいから」
言ってから自分で恥ずかしくなり、真白は視線をそらす。
アレクシスはしばらく黙ったまま、何かを考えるように目を細め──
そしてゆっくりと、ブランケットの端を真白の膝にもかけた。
「……じゃあ、半分こで」
「えっ……」
ブランケットがふたりの脚を覆い、
距離も、温度も、境界線が曖昧になる。
ストーブの音が、静かに部屋を満たしていた。
「こうしてると、冬って悪くないね」
「悪くない」
アレクシスの声はいつもより少し低く、少し柔らかい。
その響きに、真白は胸の奥に落ちていくような感覚を覚える。
「アレク」
「うん」
「来年も……こうして冬を過ごせる?」
問いというより、願いに近い言葉。
アレクシスはゆっくりと真白のほうへ体を向ける。
ストーブの灯りが、彼の瞳に赤く映った。
「過ごせるよ。真白がここにいる限り」
真白は思わず、マグを握る手に力が入った。
胸がきゅっと痛いほど温かくなる。
「俺、ここにいるよ」
「知ってる」
アレクシスの手がそっとブランケット越しに触れ、
それだけで十分すぎるほどのぬくもりが広がった。
冬の夜。
ストーブの前。
ふたりのあいだに落ちる影は近く、
話さなくても伝わるものが、静かに灯っていた。