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#執着攻め
しめさば
その朝、誰も祈らなかった。
神殿の前の広場は、人で埋まっている。
だが誰も跪いていない。
ただ立っている。
ざわめきだけがある。
「本当なのか?」
「祝福が消えたって」
「昨日から一つも発現してないらしい」
人々の視線は神殿に向いている。
巨大な扉は閉じたまま。
神官も出てこない。
少し前ならありえない光景だった。
「嘘だろ……」
鎧を着た若い騎士が言う。
剣を握っている。
だが、その剣は光っていない。
祝福の刃は消えていた。
「……出ない」
騎士はもう一度試す。
力を込める。
何も起きない。
隣の男が呟く。
「終わったんだよ」
「なにが」
「祝福だ」
遠くで怒号が上がる。
市場の方角。
誰かが叫んでいる。
「やめろ!」
「それは俺の店だ!」
ガラスが割れる音。
走る足音。
誰かが言う。
「始まった」
「何が」
「取り合いだよ」
祝福があった世界では、力は決まっていた。
剣の祝福。
盾の祝福。
治癒の祝福。
誰が強くて、誰が守るか。
神が決めていた。
でも今は違う。
誰も決めていない。
騎士が剣を握る。
震えている。
「俺は……騎士だ」
誰に言うでもなく呟く。
「祝福がなくても」
だが、その声は小さい。
広場の隅で、男たちが口論している。
「お前ら貴族の時代は終わりだ」
「なんだと?」
「祝福があるから偉かったんだろ」
「それがなくなった」
「じゃあ同じだ」
拳が振られる。
誰も止めない。
昔なら。
神殿騎士が止めた。
祝福を持つ者が。
だが今は。
広場の空気が、少しずつ変わる。
誰かが呟く。
「王はどうする」
別の声。
「神殿は?」
答える者はいない。
遠くで鐘が鳴る。
神殿の鐘。
昔は祝福の儀式の合図だった。
だが今日は違う。
不安の音だ。
重い鐘の音が街に広がる。
そのとき。
広場の端に立っていた男が言う。
「……あいつのせいだ」
「誰だ」
「レオン」
名前が落ちる。
ざわめきが止まる。
「祝福を壊した男」
「装置を止めたやつ」
「世界を変えたやつ」
誰かが言う。
「英雄だ」
すぐ別の声。
「いや」
低い声。
「災厄だ」
広場はまたざわめく。
その頃。
街の外の丘の上。
レオンは街を見下ろしていた。
煙が上がっている。
鐘の音が風に乗る。
隣に立つのは、あの少女。
元聖女候補。
彼女が言う。
「始まったね」
レオンは答えない。
街を見る。
祝福が消えた世界。
静かに言う。
「……まだ序章だ」
少女が少し笑う。
「うん」
風が吹く。
遠くでまた鐘が鳴る。
世界は今。
初めて、自分で動き始めていた。