テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その朝、誰も祈らなかった。
神殿の前の広場は、人で埋まっている。
だが誰も跪いていない。
ただ立っている。
ざわめきだけがある。
「本当なのか?」
「祝福が消えたって」
「昨日から一つも発現してないらしい」
人々の視線は神殿に向いている。
巨大な扉は閉じたまま。
神官も出てこない。
少し前ならありえない光景だった。
「嘘だろ……」
鎧を着た若い騎士が言う。
剣を握っている。
だが、その剣は光っていない。
祝福の刃は消えていた。
「……出ない」
騎士はもう一度試す。
力を込める。
何も起きない。
隣の男が呟く。
「終わったんだよ」
「なにが」
「祝福だ」
遠くで怒号が上がる。
市場の方角。
誰かが叫んでいる。
「やめろ!」
「それは俺の店だ!」
ガラスが割れる音。
走る足音。
誰かが言う。
「始まった」
「何が」
「取り合いだよ」
祝福があった世界では、力は決まっていた。
剣の祝福。
盾の祝福。
治癒の祝福。
誰が強くて、誰が守るか。
神が決めていた。
でも今は違う。
誰も決めていない。
騎士が剣を握る。
震えている。
「俺は……騎士だ」
誰に言うでもなく呟く。
「祝福がなくても」
だが、その声は小さい。
広場の隅で、男たちが口論している。
「お前ら貴族の時代は終わりだ」
「なんだと?」
「祝福があるから偉かったんだろ」
「それがなくなった」
「じゃあ同じだ」
拳が振られる。
誰も止めない。
昔なら。
神殿騎士が止めた。
祝福を持つ者が。
だが今は。
広場の空気が、少しずつ変わる。
誰かが呟く。
「王はどうする」
別の声。
「神殿は?」
答える者はいない。
遠くで鐘が鳴る。
神殿の鐘。
昔は祝福の儀式の合図だった。
だが今日は違う。
不安の音だ。
重い鐘の音が街に広がる。
そのとき。
広場の端に立っていた男が言う。
「……あいつのせいだ」
「誰だ」
「レオン」
名前が落ちる。
ざわめきが止まる。
「祝福を壊した男」
「装置を止めたやつ」
「世界を変えたやつ」
誰かが言う。
「英雄だ」
すぐ別の声。
「いや」
低い声。
「災厄だ」
広場はまたざわめく。
その頃。
街の外の丘の上。
レオンは街を見下ろしていた。
煙が上がっている。
鐘の音が風に乗る。
隣に立つのは、あの少女。
元聖女候補。
彼女が言う。
「始まったね」
レオンは答えない。
街を見る。
祝福が消えた世界。
静かに言う。
「……まだ序章だ」
少女が少し笑う。
「うん」
風が吹く。
遠くでまた鐘が鳴る。
世界は今。
初めて、自分で動き始めていた。