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放課後の相談室は静かだった。窓から差し込む夕陽が机の上を赤く染めている。
ドアが少し開いて、女子が顔を覗かせた。目が合うとすぐに視線を逸らし、ためらいながら中に入ってくる。
 「……ここで、相談できるんだよね」
 「うん。座れよ」
 遥は椅子に腰を下ろしたまま、ペンを指で回していた。
 女子は机の端に腰を下ろし、膝の上で手を握りしめる。長い前髪が顔を隠していて、表情はよく見えなかった。
 「……私、顔が嫌いなんだ」
 「顔?」
 「うん。鏡見ると、全部欠点にしか見えない。鼻も目も口も……写真とか最悪で。友達と並んだら、私だけ変だなって思う」
 遥は少しだけ目を細める。
 「変って……誰かに言われた?」
 「あるよ。中学のとき、『ブス』って言われたし。笑いながら写真撮られて、グループに回されたこともある」
 女子の声は小さいが、震えていた。
 遥は机の角を軽く指で叩きながら、ゆっくり言葉を探した。
 「……俺もさ、鏡嫌いだよ」
 「え」
 「見ると、情けない顔してんなって思う。殴られたあととか、なおさら」
 女子は驚いた顔で遥を見たが、すぐに目を逸らした。
 「でも、俺は……見た目でどうこうって思わない。むしろ、見た目で全部決まるほうが嫌だ」
 「でも、実際そうじゃん」
 女子は声を強める。
 「かわいい子は友達多いし、モテるし、先生にも気に入られて……。私みたいなのは、いてもいなくても同じ」
 遥はしばらく黙り、窓の外に視線を向けた。野球部の掛け声が遠くから聞こえてくる。
 「……でもさ、いてもいなくても同じって思ってんの、自分だけかもしれないよ」
 「そんなわけ」
 「ある。俺もそう思ってるけど、意外と見てるやつはいるんだ」
 女子は唇を噛んだ。
 「見てくれてても、かわいい子しか覚えてないよ」
 「違うな」
 遥は首を横に振った。
 「強い人は目立つ。かわいいやつも目立つ。でもさ、弱いままで生きてる人って、気づくやつはちゃんと気づくんだ」
 女子はしばらく黙った。机の上のペンをじっと見つめている。
 「……気づかれたら、少しは楽になるのかな」
 「なる。俺がそうだったから」
 女子は顔を上げた。夕陽の光が、彼女の瞳に赤く反射していた。
 「……ありがとう」
 そう言って立ち上がる。ドアノブに手をかけ、少し振り返った。
 「遥ってさ、慰め方下手だね。でも……なんか、嘘っぽくない」
 遥は苦笑した。
 「それ、褒めてんのか」
 「褒めてる」
 女子が去っていくと、相談室は再び静けさを取り戻した。
遥は深く息を吐き、机に突っ伏した。
――鏡を見たくない気持ちは、俺も同じだ。
けど、あの子が少しでも軽くなったなら、それでいい。