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なぬえ
モノクロナツキ
827
#社会人
寿命㌫(話)
2,526
午後の部屋には、鈍い夏の光が漂っていた。
レースのカーテンがゆっくりと揺れ、窓際に置かれた小さな扇風機が一定のリズムで首を振っている。
風は弱く、冷たいというより「動いている」だけのような心許なさだった。
けれど、それでもないよりはましで。
アレクシスは机の上の書類を押さえながら、汗ばんだ額をぬぐった。
「……設定温度、上げすぎたかな」
「エアコン、消したの俺だよ」
ソファに寝転んでいる真白が、目を閉じたまま答える。
「電気代、今月やばそうって言ってたでしょ?」
「覚えてたんだ」
「うん。俺のじゃないけど」
扇風機が“カタ、カタ”と小さな音を立てる。
ふたりの間に流れる風は、冷たさよりも、むしろ温度を運んでくるようだった。
アレクシスは椅子を引いて、風の正面に座り直した。
途端に、真白の前髪がふわりと動く。
そのたびに、彼の白い頬に影が落ち、またすぐに陽光に溶けていく。
「ひとつしかない扇風機、どう分けるか問題」
「……交代制?」
「それだと、どっちかが溶ける」
「じゃあ、真ん中に置けばいい」
アレクシスがそう言って少しだけ前に寄せると、二人の足先がかすかに触れた。
それだけで、真白のまつげがわずかに揺れる。
「……近い」
「風、共有中だから」
アレクシスは笑いながら、首にかけたタオルで額を拭った。
真白は薄く目を開け、じっとその動作を見ていた。
陽の光の中で、彼の髪が透けて見える。
夏の午後の、静かな色。
「ねぇ、アレク」
「ん?」
「この部屋、ずっと夏みたいだね」
「そうか?」
「うん。……冷房つけても、たぶん同じ空気」
「それは、俺のせい?」
「どうだろ。……たぶん、“ふたりのせい”」
扇風機の風が、またふたりの間を通り抜けた。
机の上の紙が一枚だけ舞い上がり、床に落ちる。
アレクシスはそれを拾おうと腰を上げかけたが、真白が先に手を伸ばした。
指先が一瞬、触れ合う。
その一瞬を、風がそっと包み込んだ。
夏の音も、蝉の声も、遠ざかっていくように感じた。
「……このまま、止まらないでいいのに」
小さく漏れた真白の声は、扇風機の回転音にかき消された。
アレクシスは何も言わず、ただその風の向きを“固定”に変えた。
ふたり分の風が、ひとつの方向から流れていく。
窓の外では、白い雲がゆっくり形を変えていた。
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