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放課後の相談室は、外の夕焼けが窓をオレンジ色に染めていた。ドアが少し開いて、顔だけ覗かせる男子がいた。
 「……ここでいい?」
 「うん、座れよ」
 遥は机にもたれたまま、ペンをくるくる回している。
 男子は椅子に腰を下ろし、膝の上で手をもぞもぞ動かした。
 「俺さ……家、出たい」
 「急に?」
 「いや、前から。家族といると息苦しいんだよ」
 「ケンカとか?」
 「ケンカっていうか……俺の全部に口出しされる。帰りが遅いと『何してた』って詰められるし、部屋のドアも勝手に開けられる」
 遥は眉をひそめた。
 「それ、けっこうキツいな」
 男子は笑ってみせたが、目は笑っていなかった。
 「友達の家みたいに、好きな時間にコンビニ行ったりできないんだ。冷蔵庫のプリン食べたら説教されるし」
 「……プリンぐらい自由に食わせろよな」
 遥が小さく笑うと、男子も口元だけ緩めた。
 「で、出たいって言ったら『一人じゃ無理だ』って笑われた」
 「無理なの?」
 「……金ないし。バイトも学校終わってからじゃ夜しかないし」
 「そっか」
 窓の外では野球部の掛け声が響いている。
 「遥は出たいとか思ったことある?」
 男子がそう聞くと、遥は一瞬だけ視線を落とした。
 「……あるよ」
 「で、出たの?」
 「出れてねぇ。金もないし、行く場所もないし。だから今もいる」
 男子は黙った。
 遥は机の上でペンを止めて、少し前のめりになる。
 「でもさ、出るのって逃げるのと違うと思う」
 「違う?」
 「うん。自分が息できる場所に行くのは、生き残るためだろ」
 男子はその言葉を、しばらくかみしめるように黙っていた。
 「……じゃあ、準備してからでもいいのかな」
 「そりゃそうだろ。無理して飛び出しても、帰る場所なくなったらもっときつい」
 遥は窓の外を見ながら言った。
 「俺もいつか出る。出るために、今は生き残ってんだよ」
 男子はゆっくりとうなずき、
 「……じゃあ俺も、もうちょっと耐える。ちゃんと逃げ切れるときまで」
 そう言って立ち上がった。
 「また来ていい?」
 「いいよ」
 男子がドアを閉める音がして、相談室はまた静かになった。
 遥は机にもたれ、天井を見上げた。
――俺ら、似たようなこと考えてる。
そう思いながら、手の中のペンをくるくる回し続けた。