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扉が閉まる音。それだけが、この白い部屋に響いた。


少年は、無言で椅子に座る。

服は清潔だ。顔立ちも整っていて、どこにも“異常”は見えない。

だが、どこか空虚だった。体はそこにあるのに、魂だけがどこか遠くをさまよっているような。


「……死にたいわけじゃないんです」


その声は、しんとした湖面に落ちる石のようだった。


「別に、誰かに消えてほしいとか、怒ってるわけでもない。

親も普通で、学校にも行ってて……でも、朝起きても、夜寝ても、何もないんです」


遥は、何も言わず、ただ目を細めていた。

ゆっくりと息を吐く。少年が続ける。


「眠ってるのか、起きてるのか、わからなくなる時があって。

教室にいても、人の声が遠くて、自分の手の感覚も曖昧で……」


彼は手のひらを見つめる。

指を握って、開いて――それでも、その動きに意味を見出せない。


「俺、ほんとはもう死んでるんじゃないかって、思うことがあるんです。

何かが欠けたまま、生きてるふりしてるだけなんじゃないかって」


遥は、ふっと小さく笑った。

馬鹿にするような笑いじゃない。

何か、わかってしまう者の笑いだった。


「……わかるよ。

“生きてるのに、生きてる気がしない”ってやつな」


少年のまなざしがわずかに揺れる。

遥はゆっくりと続けた。


「他の奴らが、当たり前のように笑ったり、泣いたり、好きだの嫌いだの言ってるのを見るたびに、

“ああ、自分だけ部品が足りてないんじゃねえか”って思うんだろ」


少年は、ゆっくりと頷いた。

その目には、涙も怒りもなかった。ただ、肯定を求める影のようなものがあった。


「けどな、そう感じてる時点で、お前はちゃんと“生きてる”んだよ」


遥の声は、しずかに深かった。


「実感が持てないのは、“生きよう”としてる証拠だ。

本当に何も感じなきゃ、こんなとこに来ねえよ」


少年は、口を開いた。


「……俺、どうすれば、生きてるって思えるんでしょうか」


遥は少し考えたあと、首を傾けた。


「知らねえよ、そんなもん」


「……え?」


「俺も毎日、生きてるって思えるわけじゃねぇ。

朝起きて、“ああ、またか”って思うこともある。

誰にも会いたくねぇ日もあるし、何の意味があんのかって思うこともある」


遥は目を細め、少しだけ視線を遠くにやった。


「ただ――それでもメシ食って、なんとなく歩いて、どっかで他人と話して、

で、夜になって、ベッドの中で“今日は死ななかったな”って思って終わる。

それの繰り返しで、生きてるって、たぶん、そういうことなんだと思う」


少年は、まっすぐ遥を見た。

その目に、ほんの少し、温度が戻り始めていた。


「実感なんて、最初からある奴の方が少ねぇよ。

むしろ、それを探してるうちは――まだ、見失ってない証拠だ」


遥は、椅子の背にもたれて言った。


「だから、見つけなくていい。

ただ、今日も“何も感じなかったな”って思いながら、

それでも、次の朝を迎える。それだけで十分、生きてる」


少年は、ほんの少しだけ、笑ったように見えた。

それは微笑みとは違う。もっと、ひび割れた感情が漏れたような、

不格好で、不確かな、けれど確かに“生”に触れた瞬間だった。





生きてる実感がない。

でも、息をして、考えて、誰かと話している。


それは、“感じられない”という名の、確かな痛みだ。

――遥はそれを知っている。だから、今日も扉を開ける。


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