相談者は座ってから少し黙っていたが、やがて言った。
「期待されると、逃げたくなる」
蓮司は視線を上げる。
「できないから?」
「できる。たぶん。だから余計きつい」
「どうきつい」
「“お前ならいける”“頼りにしてる”“次も任せる”って言われると、急に壊したくなる。わざとサボりたくなる。提出遅らせたくなる。期待通りに動きたくなくなる」
蓮司は少し考える。
「裏切りたい?」
「裏切りたいっていうか……縛られたくない」
「正解」
相談者は眉を寄せる。
「期待ってさ、信用っぽい顔してるけど、役割固定でもある」
「役割」
「“できるやつ”枠に入れられる。入った瞬間、失敗の余白が減る」
「それだ」
相談者は机を見る。
「一回できたら、次もできる前提。落ちたら“どうした?”になる。普通でいられない」
「普通を許されなくなる感覚な」
「そう。だから先に壊したくなる。自分で落とせば、失望じゃなくて選択になる」
少し沈黙。
「それ、自衛だ」
「自衛?」
「勝手に高くされる前に、自分で高さ下げてる」
「でもさ」
「何だ」
「ほんとは、ちゃんとやりたい」
「だろうな」
「なのに直前で投げたくなる」
蓮司は机を軽く叩く。
「期待=監視に変換してる」
「監視?」
「見られてる、評価されてる、落ちたら終わる、って脳内で拡大してる」
「拡大してる自覚ある」
「期待は願望だ。命令じゃない」
「でも断れない」
「断らなくていい。期待と成果を分離しろ」
「どうやって」
「“任せる”って言われたら、“やれる範囲でやる”って言え。満点前提にするな」
「ハードル下げる?」
「自分で設定する。相手に決めさせるな」
相談者は少し笑う。
「俺が勝手に完璧やろうとして、勝手に潰れてた?」
「だいたいそれ」
沈黙。
「壊したくなるのって、最低?」
「むしろ正常。自由を守ろうとしてる」
「自由」
「期待を受けても、逃げ道を持て。“今回だけ”“ここまでならやる”“無理なら言う”。全部飲むから爆発する」
立ち上がる。
「期待されるの嫌いじゃない」
「知ってる」
「でも怖い」
「怖いままでいい。壊す前に、線引け」
ドアの前で止まる。
「もし失敗したら?」
「失敗は壊すことじゃない。壊すのは、自分で全部放り投げることだ」
相談者は小さく息を吐く。
「今日は放り投げない」
「それで十分」
ドアが閉まる。
期待が重いのは、
できるからだ。
壊したくなるのは、
自由を守りたいからだ。






