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放課後。
空き教室。
日下部は机に広げた世界史のワークを見ていた。
五分前から同じページのまま進んでいない。
ドアが開く。
「お疲れ」
「……お疲れ様です」
生徒が入ってくる。
日下部はシャーペンを置いた。
「今日は?」
生徒は椅子に座る。
「なんか」
「うん」
「自分の意見言うの苦手で」
日下部は黙って聞く。
「授業とかじゃなくて友達同士の話で」
少し間。
「みんな盛り上がってる時に自分だけ違う意見だったりすると」
視線が落ちる。
「言えないんです」
「反対だから?」
「いや」
生徒は首を振る。
「空気変わりそうで」
教室が静かになる。
「例えば?」
生徒は少し考える。
「映画の話とかクラスの話題とかみんなが面白いって言ってるものを」
少し間。
「自分は別にそう思わなくても」
「合わせる?」
「はい」
即答だった。
日下部は少し頷く。
「昔から?」
「たぶん」
生徒は言う。
「小学校の頃はそこまでじゃなかったです。でも中学くらいから」
少し考える。
「変なやつって思われたくなくて」
日下部は黙る。
「で」
生徒は苦笑する。
「結局何考えてるか分からない人になるんです」
「なるな」
即答。
生徒は少し笑う。
「やっぱり」
「意見言わない人って」
日下部は言う。
「無難には見える」
短く言う。
「でも」
少し間。
「見えなくもなる」
生徒は黙る。
「見えなく?」
「何が好きで何が嫌で何考えてるか」
日下部は続ける。
「分からない」
生徒は視線を落とした。
「それ嫌なんです」
「でも言うの怖い」
「はい」
短い返事。
窓の外から運動部の声が聞こえる。
日下部は少し考える。
「お前さ」
「うん」
「意見言ったら空気変わると思ってるだろ」
「思ってます」
即答。
「たぶん」
少し間。
「実際変わる時もある」
生徒は顔を上げる。
「あるんですね」
「ある」
日下部は頷く。
「全員同じ方向向いてる時に違うこと言えば」
「一瞬止まる」
生徒は黙る。
「じゃあやっぱり」
「でもな」
日下部は続ける。
「空気が変わることと嫌われることは別」
生徒は止まる。
教室が静かになる。
「……あ」
「そこ一緒にしてる」
短く言う。
「意見が違うだけで終わる話も多い」
生徒は黙る。
「俺、空気変わったら終わりだと思ってました」
「終わらない」
即答。
「むしろ」
少し間。
「何考えてるか分かる方が安心するやつもいる」
生徒は考える。
「確かに」
「あと」
日下部は言う。
「全部言わなくていい」
「え」
「言うか黙るかの二択じゃない」
短く言う。
「少し出す」
生徒は待つ。
「自分はこっち派かな、自分はそうでもないかも」
日下部は言う。
「それくらいで十分な時もある」
生徒は少し笑った。
「なんか毎回討論会だと思ってました」
「疲れるだろそれ」
生徒は吹き出す。
「疲れます」
日下部も少し笑う。
生徒は立ち上がる。
「ありがとうございました」
「世界史一ミリも進んでねえ」
日下部はワークを見る。
「頑張ってください」
「お前もな」
ドアが閉まる。
自分の意見を言うのが怖いのは、間違うことより、空気が変わることを恐れているからかもしれない。
でも、空気が少し動くことと、人間関係が壊れることは同じではない。
コメント
1件
第6話、読みました。タイトルからして「あー、わかる」って思わされましたね。空気が変わるのを怖がって意見を飲み込む感覚、すごくリアルでした。でも日下部先生の「空気が変わることと嫌われることは別」「全部言わなくていい、少し出すだけで十分」っていう言葉に、はっとしました。討論会だと思ってたって生徒の苦笑にも共感。無理に合わせて「何考えてるか分からない人」になるより、少しだけ自分の色を見せることの大切さを教えてもらえた気がします。ありがとうございます。