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相談室のドアが開いたとき、そこに立っていたのは痩せた男子生徒だった。 制服は清潔そうに見えたが、靴紐はほどけたまま。彼は気まずそうに笑い、そしてすぐに目を伏せた。
「……俺、自分のこと嫌いなんです」
椅子に腰を下ろすや否や、彼はそう言った。
遥は眉をひそめる。
「いきなり直球だな」
「だって……本当のことだから」
男子は机の角を指でいじりながら、続ける。
「鏡見るのも嫌だし、声も嫌い。人としゃべるときも、”なんでこいつ俺と話してくれるんだろ”って思う。……俺なんかと関わる必要ないのにって」
遥は無言で聞いていた。
彼の声には芝居も誇張もなかった。あまりに自然に、自分を嫌っていた。
「それで……誰かに”大丈夫だよ”って言われてもさ、信じられないんです。だって、俺は大丈夫じゃないから」
男子は少し笑った。自嘲混じりの、痛い笑いだった。
遥は机に肘をつき、軽く息を吐いた。
「俺も、自分のこと好きじゃないよ」
「……え」
「俺、弱いし、何も守れないし。家でも学校でも負けてばっかりだ」
男子は顔を上げる。
遥の目は真っ直ぐだった。
「でもさ……嫌いなままでいいんじゃない?」
「……え、よくないでしょ。だって苦しいし」
「苦しいけどさ。俺は”嫌いなまま”で毎日やってる」
男子は戸惑ったように首を傾げた。
「……それ、楽しいの?」
「楽しくはない。でも……自分が嫌いだからこそ、少しマシになる瞬間がある」
「マシ?」
「例えば、人に優しくできたときとか。……あ、俺にもまだそういうとこ残ってんだって思える」
男子の表情に、ほんの少しの揺らぎが見えた。
「嫌いなところが百あるとしてさ、そのうち一個でも”これなら”って思える瞬間があったら、それで息はできる」
「……でも、それでも残り九十九は嫌いなんだよな」
「そうだな」
遥は肩をすくめた。
「でも、それでもいいんだよ。九十九に押しつぶされないために、一個で踏ん張る。俺はずっとそうしてる」
男子は黙ってうつむいた。
自分を嫌う気持ちは消えない。けれど、この目の前の先輩も同じように嫌いなまま生きている。負けてばかりなのに、ここで言葉をくれている。
「……じゃあ、俺も、一個ぐらい探せるかな」
「探すっていうか……そのうち勝手に出てくる。意外と」
窓の外では、夕暮れの光が校舎を赤く染めていた。
男子はまだ自分を嫌っている。けれど、完全に沈んでいた心に、ほんの少しだけ空気が入ったような気がした。
――嫌いなままでも、生きていていい。
その考えは、思った以上に重くて、でも不思議と救いになった。