テラーノベル
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昼過ぎに目が覚める。
カーテンの隙間から入る光が、やけに現実を連れてくる。
スマホを見ると、通知が溜まっている。
営業用のLINE。
「昨日楽しかった」
「次いつ?」
ハート、絵文字、スタンプ。
既読をつける前に、少しだけ呼吸を置く。
返事はテンプレ。
でも、少しずつ言葉を変える。
それが“気遣い”なのか“営業”なのか、もう区別は曖昧だ。
シャワーを浴びながら、昨夜の席を思い出す。
笑いすぎた気がする。
膝に触れられた感触が、まだ残っている。
嫌じゃなかった、とは言えない。
でも、嬉しかったとも違う。
「仕事だから」
そう言い聞かせる言葉が、
最近は言い訳みたいに薄くなる。
出勤前、同伴の店を探しながら歩く。
ヒールの音が、昼の街では浮いている。
普通の人たちの時間と、私はずれている。
「この後、店?」
同伴の人が聞く。
「うん。今日も」
“今日も”って言葉、
自分で使うたびに少しだけ胸が詰まる。
店に着くと、源氏名で呼ばれる。
本名は、ここではほとんど意味を持たない。
ドレスに着替え、鏡の前で笑顔を作る。
「今日、指名多いね」
黒服に言われて、
良かったね、って言われるはずの言葉なのに、
なぜか肩が重くなる。
席に着く。
「会いたかった」
「癒される」
「彼女だったらいいのに」
全部、知ってる台詞。
それでも、言う人によって刺さり方が違う。
トイレで一人になると、
スマホが震える。
《ちゃんとご飯食べてる?》
昨日の、店外の人。
営業じゃない連絡先。
仕事用とは、分けてるはずの場所。
既読をつけて、しばらく何も打てない。
“キャバ嬢”の私と、
“ただの女”の私が、
画面の中で向かい合っている。
結局、短く返す。
《今から仕事》
それ以上は送らない。
期待させるのが、怖い。
席に戻ると、
また笑顔を貼り付ける。
グラスを合わせて、乾杯する。
この時間が終われば、
誰の恋人でもない私に戻る。
でも、その「戻る場所」が、
最近は少しわからなくなってきている。
営業終了。
外に出ると、空気が冷たい。
ドレスのまま、スマホを見る。
返信は、まだ来ていない。
それでいい。
それが普通。
……たぶん。
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