テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
更衣室は、いつも少し暑い。
ドレスと香水と、疲れた女の匂いが混ざってる。
「今日、指名どうだった?」
先に着替えていた女の子が、何気なく聞いてくる。
その“何気なく”が、一番信用ならない。
「ぼちぼち」
嘘じゃない言い方を選ぶ。
多すぎても、少なすぎても面倒になる。
「ふーん。あの人、まだ来てる?」
名前を出さないのが、逆に具体的。
同じフロアにいれば、見なくても分かる。
「たぶんね」
鏡の前で、ピアスを外す。
その動きに、彼女の視線が一瞬止まる。
「優しいよね、あの人。
本気になられると困るタイプ」
“困る”って言いながら、
少しだけ羨ましそうな声。
「本気かどうか、分かんない」
そう言うと、彼女は笑った。
「分かんないフリしてるうちは、大丈夫」
それ、誰に向けた忠告なんだろう。
営業中、隣の席から笑い声が聞こえる。
私より少し高くて、
ちゃんと計算された声。
あの子は、上手い。
甘え方も、距離の詰め方も。
「私、絶対店外しない派なんだよね」
休憩中、彼女が缶コーヒーを飲みながら言う。
「だってさ、
恋愛とか始まったら、仕事できなくなるじゃん」
正論。
でも、言い切れるのがすごい。
「好きになったら?」
聞いてしまってから、後悔する。
「ならないよ。
好きにならせるだけ」
そう言って笑う顔は、
可愛くて、少し怖い。
席に戻る直前、
彼女が小さく言った。
「ねえ。
一番めんどくさいのはさ、
“好きかわからない人”だから」
ドレスの裾を直しながら、
その言葉が、やけに刺さる。
仕事終わり。
店の裏口でタバコを吸う彼女を見て、
私は少し距離を取って立つ。
「真面目だよね」
煙越しに言われる。
「褒めてる?」
「うん。でも、損するタイプ」
その通りかもしれない。
帰り道、自分のスマホを見る。
未読は、営業用と、それ以外が、混ざって並んでいる。
どれも同じ画面なのに、重さが違う。
あの子の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
“好きかわからない人”。
それが一番、
仕事にも、恋にも、
向いてない気がしてならない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!